234精霊からの祝福3
「うん、ぴったりですね!あとは直前まで食べ過ぎに注意して下さい」
婚礼衣装の最終試着を何とかクリアできた命は安堵のため息をついた。本番に向けて歩く練習をして試着を済ませてから、当日の髪型やアクセサリーなどの相談の最終確認をしていると、トキワと風の神子直属の神官である紫が姿を現した。
「こんにちは命さん、いよいよですね!おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今日は風の神子からの預かり物を持ってきました。開けてみてください」
紫が布で包まれていた両手に収まる薄い直方体の箱を命に差し出した。命はそれを受け取り箱を開けると、上質なパールのネックレスが眠っていた。
「風の神子の奥様の物なのですが、命さんが気に入れば使って欲しいそうです」
「え、こんな大事な物私が着けていいのかな…」
「とりあえず試着したら?」
トキワの進言で命はパールのネックレスを身につけてみた。今の服装だと似合うかどうかよく分からないが、シンプルながら品のいいデザインのネックレスに自然と背筋が伸びた。
「花嫁衣装にお似合いだと思いますよ」
担当の店員に褒められたので、命は後でもう一度花嫁衣装を試着してバランスを見ることにした。
「更にこれはばあちゃんから。本当は母さんが結婚する時にあげる予定の物だったらしいよ」
次にトキワが差し出した箱から出てきたのは、草花をモチーフにダイヤモンドとパールがあしらわれたプラチナカラーのヘッドドレスだった。あまりに豪華な輝きに命は目が眩みそうになった。
「これは確実に宝石に負ける気がする…!」
「大丈夫、ちーちゃんの方が可愛くて眩しいから。これも試着させて下さい」
勝手にトキワが店員に試着を依頼すると、命は再び花嫁衣装に着替えた。髪型は当日のイメージを掴む為に簡単なシニヨンにしていたので、衣装を着付けてもらうとベールは被らずに風の神子からのパールネックレスと光の神子からのヘッドドレスを身に付けた。
「はい!俺の女神最高過ぎる!」
毎度大袈裟に絶賛するトキワにいい加減慣れてきた命は、冷静に自分と花嫁衣装とアクセサリーが合っているか姿見を見ながら確認した。
アクセサリーはどちらも一級品だが、派手なデザインではないので上手く調和が取れていて庶民の命が身に付けているので、宝石が本物だとは思われないと予想した。
「わあ、素敵ですね。こんな綺麗な花嫁さんと結婚する風の神子代行は世界一の幸せ者ですよ!」
「もっと言って」
紫にヨイショされて調子に乗っているトキワをさて置いて、命はネックレスとヘッドドレスを当日身に付ける事に決めて店員に意思を告げると、これまで着用予定だったアクセサリーは衣装屋のレンタル品だったので、キャンセルする事になった。
これでレンタル料金が浮いたと命は内心ホクホクして風の神子と光の神子に感謝してお礼を言いたいとトキワに告げたら、元々これが終わったら会いに来てくれと言われてたらしいので、試着と打ち合わせを済ませた命は、トキワと紫と共に風の神子と光の神子が待つ神殿内のバルコニーへと向かった。
「命さんよく来てくれた。結婚おめでとう、と言いたい所だが…本当にこいつでいいのか?引き返すなら今の内だぞ?」
顔を合わせるなり、風の神子は命にトキワと結婚する事に対して念を押した。トキワは眉間にシワを寄せてうるさいと一喝する。
「御大、余計な事を言わないで頂戴。命さんを逃したらトキワは一生独身かもしれないのよ」
次いで光の神子もじつの孫に対して手酷い言い草だった。トキワなら神子だし、顔も良いので、花嫁は引く手数多だと命は予想していたが、トキワの身内からすると顔の良さでは誤魔化しきれないレベルで性格に難があると感じているようだ。
「あの、先程は素敵なネックレスとヘッドドレスをありがとうございます。結婚式で使わせて頂きますね」
深々と頭を下げて命は風の神子と光の神子に高価なアクセサリーのお礼をした。
「終わったら必ずお返しします」
「ああ、そのまま貰っちゃって。あれは元々は楓にあげる予定の物だから。もし楓が持ってたら命さんにあげていたから問題無いわ」
「旭ちゃんがお嫁に行く時に必要なのでは?」
普通は親から娘に受け継がれるのではと命が指摘すると、光の神子は旭が将来嫁ぐかもしれないという事に今気づいた様で、そういえばそうだったと呟いた。
「でも旭がお嫁に行く頃まで私は生きているか自信がないから、やっぱり命さんが持っていて。それで良ければ旭が必要な時に渡して頂戴」
「分かった。普段は俺達が保管して旭に渡す時は母さんに託して体裁を整えるよ」
「それならトキワのお母さんに式の後預けたらいい話じゃないの?」
「母さんは忘れっぽいし、父さんは旭にお嫁に行って欲しくないと思うから俺達が持ってた方が平和だよ」
「トキワがそう言うなら旭ちゃんの為にちゃんと大事に保管するね」
結婚式後のヘッドドレスの行く末が決まると、次に風の神子が口を開く。
「こちらのネックレスも貰ってくれ。それは妻との結婚20周年の時に私がプレゼントした物なんだが、命さんに受け継がれる方が妻も喜ぶ」
流れからして風の神子もそう言ってくる気がしたが、命は完全に恐縮していた。
「ありがとうじいちゃん、結婚式が終わったら早速売り飛ばして食費の足しにするね!」
満面の笑顔で外道発言をするトキワに、風の神子は頭痛がして、思わずこめかみを押さえた。
「命さん、やはりこいつと結婚するのは考え直すべきだ」
「…そうですね」
「待って冗談だから!ちーちゃん見捨てないで!」
冷たい視線を向ける命にトキワは縋るように必死に抱きついて来た。その見苦しい様に風の神子達は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。




