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233精霊からの祝福2

 結婚式の3日前までは命は通常通り桜と診療所で働いていた。トキワとの結婚が発表された当初は患者もどきが押し寄せて大変だったが、神殿からの注意も行き渡り、今ではいつも通り診察や検診を必要としている西の集落の村人達が診療所を訪ねて来た。


 午前の診察も終わりに差し掛かった頃、命の母である光と同世代の女性の治療に当たった。彼女も命と同じ年頃の娘がいるらしくて、話題は自然と結婚の話となった。


「えー!新居には風の神子が先に引っ越していて結婚式挙げてからナースさんは引っ越すの!?それ絶対に止めた方がいいわよー」


 女性は眉をひそめて命に忠告する。余計なお世話だと思いつつも命は愛想笑いを浮かべた。


「うちの娘も結婚する時そうする予定だったんだけど、男の方が独身最後の火遊びとか言って新居に女連れ込んで浮気したのよ。それが私と娘がちょうど様子を見に行った時におっ始めちゃってて…お陰で結婚は破談で娘は男性不信になってから村にいづらくなって冒険者になってからは行方不明なのよ…だからあなたも…気をつけてね…うっうう…」


 自分から話しておきながら、女性は徐々にトーンを下げて次第に涙を零し始めた。桜は苦い顔で女性を宥める。命は愛想笑いをする訳にもいかず。顔を引きつらせると胃が悲鳴を上げた。


 話すだけ話して泣いたら気分が落ち着いた女性が診療所を去ると、時計は12時を指していた。昼休憩になった途端、命は吐き気を催して近くの洗面台で嘔吐した。


「おいおい大丈夫か?」


 背中をさすりながら桜が尋ねるが、命は返事をする余裕も無く、胃から無理やり吐き出す衝動を抑えきれずにいた。

 呼吸を整えて落ち着いた所で、命は口を濯いで蹲み込んで頭を両手で抱え込んだ。


「もしかして…つわりか?」


「違う!!そういうことしてないから!!」


 心配する桜に命は思わず反論したが、大きく深呼吸をして少し冷静になる。


「結婚式が近づくにつれてなんか緊張して来ちゃって…」


「お前雑音に弱いもんな。確かに大勢の人間に期待される事なんて滅多に無いからな」


 人前で何か発表する事は精霊祭などで度々あったが、命はいつも緊張していた。それこそ模擬挙式も南の頼みで引き受けたのはいいが緊張で酷い顔をしていた自覚があった。


「でもまあトキワくんが隣にいるから大丈夫だろ?」


「…うん」


 言われてみれば模擬挙式の時も、当時はただ単にイレギュラーな事態をどうにかしないといけないという責任感が緊張より勝ったからだと思っていたが、トキワが隣にいたから緊張が解れたのかもしれないと、命は顧みた。


「しかしさっきの話は酷いよなー!娘さんが村を出る気持ちも分かるわ」


「ですよねー。私も色んな人達の浮気話を聞いて来たけど今までで一番エグいなあ…」


 樹の元恋人や、トキワと泊まったリゾート都市でスイートルームを譲ってくれたカップルも、浮気が原因で別れていたが、今日聞いた話は群を抜いて悲劇だった。


 気を取り直して命は洗面台を掃除してから、昼食は胃に優しい物をゆっくり味わいながら、桜と昼休憩を過ごした。


 午後の診療が終わり、命が看板をしまいに外に出るといつものように仕事を終えたトキワが待っていた。


「お疲れ様」


「ちーちゃんもお疲れ様!今日の夕飯は何?」


「今日はお母さんが作るからわかんない」


 結婚式も近いのに慣れない一人暮らしは大変だろうと、光の申し出で結婚するまでトキワは命の家で夕食を取ることになっていた。


「あ、これ食費。光さん受け取ってくれなかったからちーちゃんもらっといて」


「はいはい」


 トキワが律儀に用意していた食費を命は素直に受け取った。これは彼の気持ちなので、こっそり家計用の財布に放り込んでおく事にした。


「ねえトキワ」


「ん、何?」


「浮気しないでね」


 予想外の命のお願いにトキワは目を丸くした。そしてこれまで命を一途に愛し続けていたのに、浮気の心配をされるのは少し心外だった。


「当然しないけど…俺ってそんなに信用出来ない?」


「いや…ごめん、ちょっと今日患者さんの娘さんが結婚直前に浮気された話を聞いて切り替えたつもりだったけどまだ気持ちを引きずってたみたい」


 事情を聞いて自分が疑われているわけじゃないと分かり安堵すると、トキワは話の詳細を命から聞いた。


「それ俺もちーちゃんの立場だったら引きずるかも。しんどかったね」


 慰める為にトキワは命を抱きしめて、頭を優しく撫でた。命はほっと息を吐くとトキワの背中に手を回した。


「浮気されるのって辛いよね。俺もされた事あるよ」


「え…私した事無いけど?まさかヒナちゃんやカイちゃんとサクヤ様とか検診で触れ合ってる男の子の赤ちゃんや小さい子をカウントしてる?」


「それもあるけど…ちーちゃんじゃなくて魔王の呪いの中で見た悪夢の中で俺は違う人とお見合い結婚したのは話したよね?」


「うん、私と出会わないで神子になったら必ず奥さんになってた人でしょ?」


 あの時のトキワの説明によると、後継ぎを生んでもらう為に風属性の魔力の高い女性とお見合い結婚したが、途中で離婚したと話していたが、離婚原因までは命は聞いていなかった。


「俺はその人と何もしてないのに子供を3人授かったんだよね」


「あ…」


 つまりは俗に言う托卵…浮気である。まさかそんな悪夢を見ていたとは、命は改めてトキワを憐んだ。


「それで奥さんは子供を連れて出て行った後に子供達の本当の父親と暮らすからと俺と離婚する為に顔を出してきた…それを夢の中で何度もされたんだよ」


 無理矢理関係を持とうとして自害されたパターンは後ろめたいので命には黙りつつ、トキワは魔王の悪夢の凄惨さを語った。


「だから無性に自分と愛する人と血の繋がった本当の子供が欲しくなったんだろうな…」


 トキワが目を覚ました時の衝動的な行動の裏にそんな事情があったのかと、命は胸が苦しくなった。そして悲惨な悪夢に打ち勝って目覚めてくれたトキワを誇りに思った。


「私、頑張ってたくさん産むよ!」


 やる気に満ち溢れた表情をする命に対してトキワは困惑してぎこちない笑みを浮かべた。


「気持ちは嬉しいけど、結婚して最低1年は2人きりでいたいし、ちーちゃんの身体に負担がかかるから、子供は1人でいいよ」


 これでもトキワは譲歩した方だった。しかし命は納得しない様子で不満そうに頬を膨らませた。


「最低でも男の子と女の子1人以上欲しい!トキワの遺伝子を信じてこの世に美形を増やすのが私に課せられた使命なの!」


 謎の使命感に燃える命にトキワは呆れたが、一つ含み笑いをして発想を転換すると、命の横髪をそっと掬って耳にかけてから耳元に唇を近づけた。


「じゃあ結婚したら毎晩子作り頑張ろうね」


「っ!?」


 トキワの甘い囁きに命は奇声を上げて思い切りトキワを突き飛ばすと、逃げる様に家に入って行った。



 


 


 



 


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