230現実逃避行15
命が目が覚めると昼過ぎになっていた。一緒に眠っていたトキワの姿は無く、リビングに行くと何やらカナデと話し込んでいた。幼馴染みとの久々の再会、積もる話もあるのだろう。
璃衣都とプリシラは風呂に入ったのか服装が変わっていた。璃衣都から風呂を勧められたので命もお言葉に甘えて身を清めて湯船に浸かって癒された。
「あのね、あれからパパと話し合ったんだけど、大国で魔道具技師として働く事を認めてもらったの!」
風呂上り、命はトキワに髪の毛を乾かしてもらっていると、璃衣都が嬉しそうに報告してくれた。
「よかったね、璃衣都さん」
「うん!それで大国まではカナデさんとプリシラさんに同行依頼を受けてもらう事になったの。とりあえず貿易都市のギルドで手続きをするつもり」
カナデとプリシラが一緒なら道中安全だろうと命も安心して、璃衣都の未来を祝福した。
依頼完了届を受け取り、身支度が出来たので命はトキワと静嵐村を発つ事にした。
「命さん、短い間だったけどお世話になりました」
「こちらこそ、向こうに行っても元気でね」
抱擁を交わしてから命は璃衣都との別れを惜しむ。
「カナデ、暇だったら結婚式来てね。7月の俺の誕生日に挙げるから」
「ああ、父さんと母さんに色々報告するついでに行くよ」
「そん時は俺の実家にでも泊まって。父さんに伝えておくから」
ほぼ業務連絡のような会話を交わしてからトキワは自分と命を縄で結んでから命を横抱きにして飛び立つ準備をした。
2人とも荷物があるから手を繋いで移動するしかないと考えていたが、璃衣都の父親から娘が世話になったからとお手製の異空間収納付きの懐中時計を貰って身軽になったのでいつも通りの体勢が可能になった。
「私重くない?」
「ううん、ちーちゃんは羽の様に軽いよ」
命がカナデにそらみろと勝ち誇った表情を浮かべたので、カナデが命を肩車した時の事を思い出したカナデとプリシラそして璃衣都はくすくすと笑い出した。事情を知らないトキワは不思議そうに眺めていたが気を取り直して体を風に任せて宙に浮いた。
「それじゃあまた」
璃衣都達に命は手を振るとトキワにしがみ付いて静嵐村を後にした。ひとまずギルドに依頼完了届を提出するため港町を目指す。トキワは移動速度に身体が耐えられる様に結界を調整して高速で移動を始めると景色が目まぐるしく変わって行った。
「なんかまた人間離れした魔術を使える様になったんだね」
「そりゃあ必要に迫られたらこうなるよ」
つまり命が遭難しなければトキワはこんな苦労をしなかったという事だと思うと命はますますいたたまれなくなった。
「でもカナデの閃光弾があったとはいえ、よく私を見つけることが出来たね」
ギルドの記録を頼りに捜索しても簡単に見つかる状況じゃないはずだったので命はトキワの嗅覚に感心していた。
「それはやっぱり俺とちーちゃんの愛の力でしょ?」
本当は風の精霊達の情報提供があったからだが、トキワは手柄を独り占めした。すると精霊達はトキワの髪の毛を一斉に引っ張って不満を表現し始めた。
「痛っ…もう、わかったよ。ちゃんと言うから…」
「どうしたの?」
命から見たらトキワは何故か髪を逆立っていて独り言を呟いている様にしか見えなかったので不思議そうに見つめた。
「本当は風の精霊達からちーちゃんの居場所を教えてもらったんだよ」
トキワが真実を告げると風の精霊達はよろしいとトキワの髪の毛を引っ張るのをやめた。
「そうだったんだ。風の精霊様、ありがとうございます」
命が風の精霊を敬いお礼の言葉を述べると、精霊達は嬉しそうに命に寄り添った。魔力が少ないしそもそも水属性の命には風の精霊達の姿は見えていないが、結界の中は無風なのに柔らかい風を感じ取り、命は風の精霊の気配に破顔一笑した。
何度か休憩を挟みつつ、2人は翌日の夜ようやく港町に辿り着くと、ギルドが閉まるギリギリに駆け込んで命の依頼完了届を提出した。そして報酬を貰うと急ぎ水鏡族の村へと飛翔して命の家に到着した。
「うーん、気まずい。みんな怒ってるよね」
夜も更けているので玄関のドアは既に施錠されていた。命は勇気がなくてドアをノックするのを躊躇っていると代わりにトキワが呼び鈴を鳴らした後にドアをノックした。更に隣の診療所の桜にも聞こえるように大声を出した。
「ちーちゃん帰ってきたよ!」
トキワの声が聞こえたのかドタバタと階段を駆け下りる音がすると玄関のドアが開き寝巻き姿の光が命の姿を確認するなり抱きついた。
「命…無事でよかった…」
「お母さん、ごめんなさい…」
光の背中に手を回すと命は涙声で心配をかけてしまった事を謝罪した。
そして実や桜、いつの間にかトキワが呼びに行ったらしく祈やレイトも家の前に集まり命の生還の喜びを分かち合った。




