23燃えるお母さん5
「ちーちゃんごめん。痛くない?」
命の腕にはトキワが強く握った為、赤い手型がくっきりと残っていた。
結局時間も時間なので命とトキワは夕食の準備をしていた。もうじき外出していた命の両親と妹の実も帰ってくるだろう。
「痛いっちゃー痛いけど、骨は折れてないしすぐに治るよ」
「母さんにちーちゃんを傷つけるなって言ったくせに、自分で傷つけるなんて……」
怒りから一番守りたいものを忘れてしまった自分を責めてトキワは更に落ち込む。
「そういえばトキワはお母さんの炎で火傷したことあるの?」
命はふと疑問を口にした。先程の楓の魔術は周りを巻き込んでもおかしくないくらいの威力だったが、火傷どころか服さえ燃えていなかった。
「……炎を当てられて熱い思いはしたけど、火傷はしたこと無い」
人を傷つけないように炎をコントロールするのは相当の体力を使うはずだ。それでも傷つけようとしないのはやはり可愛い我が子だからかもしれない。
命の中の楓はトキワを嫌っている様に思っていたが、実際はただ不器用で息子と上手く接することが出来ないだけだと印象が変わった。そもそもそうじゃなきゃ父親のトキオもフォローしないだろう。
「それってお母さんなりにトキワが大事だからじゃない?」
「そうかな?俺、母さんの考えていること全然わからない……」
口を固く結び不快感を表しトキワは沈黙した。色々な考えを巡らせているのだろう。
そろそろ切り替えるべきだろう。命は包丁を置いてからトキワの顔を覗き込んだ。
「もう!せっかくのデートなんだから辛気臭い顔しないでくれる?」
突然のデート宣言と命の顔が近いことにトキワはドキりとする。
「で、デート?これが?家にいるだけだよ?」
「世間ではこういうのお家デートて言うのよ」
これでデートの約束はチャラにしてしまおうという魂胆もあったが、命はこのまま暗いトキワを見てるのが我慢できなかった。
「そっか、だったら今日は俺たちずっとデートしてたんだね。ふふふ」
いつもの笑顔に戻ったトキワに命は満足して料理を再開した。
「そういうとこなんだよね」
「何が?」
「俺がちーちゃんを好きなところ」
いつもの調子に戻ったトキワが背伸びをして命の耳元で囁くものだから命は思わず包丁を落としそうになった。
「ばっ…か!危ないでしょ!」
「ごめん」
顔を真っ赤にして怒る命にトキワは謝りながらも、甘い視線で見つめ続ける。
「元気がない人をほっとけなくて、自分より人の事ばかり心配して……損な役回りになっても口では文句言いながら引き受けちゃったり。そんなちーちゃんだから俺は好きだし守りたいんだ」
うっとりとした表情で迫るトキワに命はタジタジになる。
「もちろん可愛いくてきれいな所も好き。エプロンも似合ってる……ずっと一緒にいたい……時間が止まればいいのに…」
いつの間にか顔が近づいていることに命は気付いた。このままだとキスをしてしまいそうだ。頭では拒みたいのに、トキワの吸い込まれそうな赤い瞳に釘付けになり命は動くことが出来なかった。
「ただいまー!お土産買ってきたよ」
「うひゃっ!!」
あと少しという所で、命の両親と実が帰ってきた。現実に戻った命はトキワに頭突きをすると家族を出迎える為玄関へ向かった。
「お、おかえり!!」
「どうしたのちーちゃん?顔が赤いわよ。熱でもあるの?」
「ランニングから帰って来たばっかりなの!それより夕飯作ってるから待ってて」
母親の光の心配を振り切り、なんとかその場を凌いだ命が台所に戻ると額が少し赤くなっているものも何事もなかったかのようにトキワがレタスを千切っていた。
「残念」
いたずらっ子のような表情で未遂を惜しむトキワに命の顔はまた一層赤くなった。




