229現実逃避行14
「誰?この超規格外イケメン…」
翌朝目を覚ました璃衣都は寝息を立てている命を対面する体勢で膝に乗せて大事そうに抱きしめて眠っているトキワを見て思わず呟いた。
「俺の幼馴染みだ」
朝食の用意をしながらトキワを幼馴染みだと紹介するカナデに璃衣都は益々混乱したが、起こすのは気の毒だったのでそれ以上は何も言わずに近くの丸太に座って懐中時計型の異空間収納からコーヒーセットを取り出した。
その後プリシラが起きて来て璃衣都と同じ反応を取ったがカナデは同じ対応をして黙らせると命とトキワを寝かせてあげた。
「ううん…」
コーヒーの香りが命の鼻をくすぐり唸り声を上げてから薄らと目蓋を開けると、トキワに抱きしめられている事に気付き目を細めると彼の頬に口付けた。
「おはよう」
優しく降り注ぐ命の声にトキワは頬を緩めると目を開けてお返しに啄むように彼女の唇に口付けた。
「あんたら何朝から盛ってるの?」
甘い空気に耐えられずプリシラが呆れ果てた声で苦言を呈すると、命はハッと我に返って短く悲鳴を上げトキワの膝から降りた。
「それで?なんでカナデの幼馴染みがあんたとイチャついてるの?」
プリシラの問い掛けに璃衣都も頷く。うっかり人前でイチャついてしまった命が恥ずかしさで蹲って再起不能状態だったのでトキワが朝食のパンを食べながら2人に命との関係を説明した。
「カナデ、あなたの幼馴染みて馬鹿なの?」
「ああ、昔から馬鹿だ」
後先考えずに迷いの森まで捜索に来たトキワに対
してプリシラとカナデは呆れた様子だった。
「失礼な。まあでもカナデの閃光弾が目印になって助かったよ。あれがなかったら普通に森の中から探してた」
風の精霊に聞けば迷いの森の中でも見つけられたかも知れないが、彼らは気まぐれなのでトキワはあまりあてにしていなかった。
「さて、ご飯食べたらさっさとこんな所出よう。早くちーちゃんを水鏡族の村に連れて帰らないと」
トキワは蹲っている命の肩を叩きパンを差し出した。命はそれを受け取り真っ赤な顔でパンをかじった。
「…とりあえず静嵐村に向かって。璃衣都さんを送り届けないと」
パンを飲み込んでから命は璃衣都の依頼を優先する発言をした。その発言が想定内だったトキワは命の髪を優しく撫でて了承した。
「あの、どうやってこの森から抜け出すんですか?」
璃衣都の素朴な疑問にトキワはにっこりと笑うと空を指差した。
「なるほどな。お前なら出来るか」
意図を理解したカナデは直ちに作戦を実行すべく空いた食器を片付け始めた。
「待ってカナデ、私全然理解出来ないんだけど!」
とりあえずカナデの片付けを手伝いつつもプリシラは状況が飲み込めなかった。璃衣都も同じでぼんやりと木々に覆われた空を見上げた。
「こいつ空を飛べるんだよ」
カナデの言葉にプリシラと璃衣都は思わず耳を疑った。人間が空を飛べるわけがない。そんな先入観が頭を占めた。
「珍しい銀髪ですごい美人さんだし…トキワさんてもしかして天使?羽根があるの!?」
璃衣都の予想にトキワは吹き出して手を振って否定すると魔術で体に風をまとわせて宙に浮いた。
「すごっ!じゃあここにも空を飛んできたの?」
「そう。流石に港町から丸一日寝ないで飛んだのは疲れた」
己の身を削ってまで探しにきてくれたトキワに命は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、後日好きな食べ物をいっぱい作ってあげようとこっそり心に誓った。
そして食事を終えた命は片付けに加わり、旅立つ準備を済ませると荷物は全部璃衣都の異空間収納に入れて身軽にした後、全員の腰を縄で繋いだ。
「じゃあ早速だけどここから脱出しよう。ちょっと怖いかもしれないけど頑張ってね」
テキトーな説明をしてからトキワは一旦空に手を掲げると障害物となる木の枝葉を切り払った。
「じゃあ行くよ」
そして全員が手を繋いだのを合図にトキワは全員をふわりと宙に浮かせて徐々に上昇させて行った。璃衣都とプリシラは最初は恐怖で悲鳴を上げていたが風が優しく包み込んでくれていたので次第に慣れて行った。
「静嵐村ってあれだよね?」
「はい!こんなに近くだったんだー」
トキワに村の位置を尋ねられた璃衣都は自分達が村からさほど離れていない場所で遭難していた事に驚きと恐怖を覚えた。トキワは村の方向に舵を取るとあの5日間の遭難は何だったのかと誰もが嘆きたくなるくらいあっという間に静嵐村に辿り着いた。
縄を解いた後璃衣都は一目散に自宅と思わしき建物へと駆けて行くと、豪快に玄関のドアを開けた。
「パパ!皇!ただいま!」
璃衣都の声にに木彫りの人形を彫っていた20代後半位の色眼鏡をかけた男と、読書をしていた8歳くらいの少年は目を丸くした。どうやら彼らは璃衣都の父親と弟らしい。
2人は璃衣都の帰還を喜んでから彼女の背後にいた命達の存在に疑問を抱いたが、璃衣都がここまで連れて来てくれた人達だと説明すると、感謝して歓迎してくれた。そして璃衣都は母親の形見のイヤリングの水晶が盗品でカナデの物だった事を打ち明けた。
「そうだったのか、カナデさんには苦しい思いをさせてしまったね。申し訳ない」
「いえ、むしろ感謝してます。娘さんのような優しい方が大事にしていたからこそこうしてまた手元に戻った来たわけですから」
ピアスを開けたばかりで赤みが残る左耳を指差してカナデは穏やかに笑った。
「それでだ。母さんの水晶は璃衣都さんが持っていてくれないか?」
カナデは返してもらっていた母親の水晶のイヤリングとカナデの水晶が無い状態のイヤリングを机の上に置くと、懐からもう一つ琥珀色の水晶を取り出した。
「この水晶は死んだ父さんの物だ。これを俺の水晶の代わりに取り付けて一緒に持っていてくれると俺の両親も浮かばれると思う」
既に両親は他界してしまっていたが、水晶だけでも傍らにいて欲しい。それがカナデの望みだった。そしてその持ち主はカナデの母親の水晶が母親の形見だという璃衣都が相応しいと思っていた。
「それは出来ないよ。言ったでしょ私にはママとの思い出が沢山あるから大丈夫だって。だからそれはカナデさんか、カナデさんが大事にしている人に持ってもらった方がいいと思うよ!」
そう言って璃衣都はプリシラに目配せして微笑んだ。
「璃衣都の言う通りだ。少し待っててくれ君のお父さんの水晶をイヤリングに取り付けてあげよう」
琥珀色の水晶とイヤリングのパーツを手に取ると工房らしき部屋に入って行った。
「じゃあ俺たちは帰ろうか。今から出たら明日の朝には水鏡族の村に着くだろう」
ソファで命に膝枕をしてもらって目を瞑って仮眠を取っていたトキワは体を起こすと命に甘えるように寄り掛かった。
「お疲れみたいですけど大丈夫なんですか?」
「ちーちゃんが近くにいれば精神的には安定するから問題無い」
行きは命の身を案じながらの飛行だったのでトキワは精神的な疲労が大きくて疲弊していたが、帰りは命がいるという安心感で乗り切れると確信していた。それでも璃衣都は納得しない様子でしばし考え込むと何かを思いついたのか命に視線を向けた。
「私命さんに依頼完了届を作成しなきゃいけないんだった。だからそれまで客室のベッドで休んで待ってて下さい」
「あ、すっかり忘れてたや」
そういえば命は璃衣都の同行依頼を受けて今ここにいることを思い出した。依頼完了届を提出して報告しないとギルドから注意されてペナルティも発生する場合もあるので重要な事だった。
「わかった。なるべく早くして」
「了解!じゃあこちらへどうぞ」
璃衣都が客室へと案内してくれるようなのでトキワは立ち上がると当然のように命を横抱きして一緒に向かおうとした。
「な、何するの!?」
「ちーちゃんが添い寝してくれないと眠れない」
睡眠を盾にされたら命は反論できず黙り込むと大人しく抱き上げられたままトキワと客室へ入って行った。
「カナデの幼馴染みてヤバい人だね」
「…まあな」
命とトキワの背中をカナデとプリシラはやや引き気味に見送ると、プリシラは机の下でカナデの手をそっと握った。
「でもちょっと羨ましいな…」
プリシラが命達の仲の良さを羨むと、カナデは彼女の気持ちに応えるように手を握り返した。




