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228現実逃避行13

「まさかあんたがあのちーちゃんだとはな」


 共通の知り合いが発覚した事でカナデは命に対して急に親近感を持った。


「どうせ意外だと思ってるんでしょ?トキワの同級生みんなそんな顔してたもん」


「まあな。あいつが言うちーちゃんはめっちゃ可愛くて天使で女神だからな」


「それってまるで私がそうじゃないみたいな言い草ね」


 命はカナデの言い草に口を尖らせながら、火にかけたお湯を2人分のマグカップに注いで1つをカナデに差し出した。


「別にブスじゃないしそれなりに美人だとは思うけど…もっとこう可憐で小柄なイメージがあったな」


 努めて命の外見を褒めつつカナデは本音を口にした。


「それはどーも。ふん、どうせあんたの彼女に比べたら背も高くて重いわよ。でもトキワは最高って言ってるからいいもんねーだ」


 命はふと空を見上げた。木々の隙間から覗く星を見つめると、そっと目を伏せてマグカップのお湯に息を吹きかけて冷ましてからすする。


「そろそろ1時間経つか」


 カナデは時刻を確認して独りごちると、空に閃光弾を放ってからマグカップのお湯を一気に飲み干した。


「じゃあ寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」


 プリシラの眠るテントを開けて、カナデは仮眠をすべく中へ入っていった。ひとり残された命はぼんやりと焚火を見つめた。


 自分の弱さと向き合わないで村を出て現実逃避をしたばかりに、取り返しのつかない事になってしまった。きっと自分が愚かだからトキワもあんまり構ってくれず、最近素っ気なくなったのかもしれない。どんなに頑張っても結局自分はなんの取り柄もないつまらない人間なんだ。


 命は森の闇に呑まれるようにだんだん心が澱んでいった。


 いつまでも落ち込んでいる場合じゃない。自分の事はさておき璃衣都達を守らなければならない。命が焚火の灯りを頼りに戦闘訓練をしようと立ち上がると、不意に強い風が吹いた。


 辛うじて焚火は消えなかったが火の粉が散って椅子にしていた丸太が燃えたので命は急ぎ水をかけて消火した。


 他に燃え移ってる場所が無いかキョロキョロと周囲を見回してからテントに背に向けると、目の前にあり得ない人物が立っていた。命が声を出そうとしたがその隙を与えない速さでその人物は命を抱きしめた。


「見つけた…」


「トキワ」


 まさかこんなに早く自分を見つけ出すとは思わなかった命は仰天しながらも、久しぶりのトキワの体温に今まで気を張り続けていた心が次第に和らいで、彼の背中に手を回してそっと身を委ねた。


「本当に本物?狐が化けてない?」


 抱きしめて体温を感じてもどこか信じられない命はトキワの頬を引っ張った。


「本物だよ。ていうかちーちゃん何やってんだよ。どうやったらEランクの同行依頼で遭難するんだよ」


 心底呆れた様子でトキワは命を責めて彼女の柔らかい頬を引っ張り返した。


「うるひゃい。私だって好きで遭難したわけじゃないの。そもそもトキワの幼馴染みが悪いんだからね!」


「俺の幼馴染み?」


 反論して幼馴染みという単語を出した命にトキワは首を傾げると、後方のテントからカナデが顔を出した。


「ブス!何騒いでるんだ。うるさくて眠れな……トキワじゃねえか!?」


「カナデ?なんでちーちゃんと一緒にいるの?」


 久々の幼馴染みとの再会にトキワとカナデは喜びよりも疑問が頭に溢れ出した。


「うーん何からどう話せばいいのか」


「どうせ夜が明けないと動けないし俺が納得するまで最初から最後までちゃんと説明して」


「いや、俺仮眠取りたいんだけど?話が聞きたければお前の婚約者に聞けよ。なるべく小声でな。じゃ、おやすみ」


「あ!逃げた」


 カナデは説明責任を命に押し付けると、元々垂れ気味の目を更にとろんとさせてテントに戻っていった。


「じゃあちーちゃん、話すまで今夜は眠らせないからね」


 トキワが真新しいリュックを下ろして焚火の前の丸太に座ったので、命は向かい側の濡れた丸太を転がしてから乾いた丸太を持ってきて座ると、観念して命が依頼を受けてから遭難するまでと現在に至るまでを説明する事にした。


「なんていうか、ちーちゃんのトラブル吸引体質は健在だね」


 呆れた表情でトキワが命を見遣れば、命は俯いていてどんな表情をしているのかよく分からなかった。


「…嫌いになっちゃった?」


「そんなわけない!」


 ポツリと命が悲しそうに発した言葉にトキワはすぐ様反発したが命は足元を見つめたままだった。


「じゃあなんで最近私と2人きりになるのを避けてるの?仕事や修行にかこつけて顔を見せてくれないし、全然好きとか言ってくれてない!お泊まりどころかデートも断るし…嫌われたとしか思えないよ。今だっていつもなら隣に座るよう催促したり私を膝に乗せるのに向かい合って距離を取っている」


 次々と不安を口をする命を目の当たりにして、一番大切にしたい人を傷つけてしまったとトキワは罪悪感に苛まれた。


「ごめん…でも嫌いになったわけじゃないんだ」


 謝っても命は顔を上げないまま動かなかった。このままでは何も伝わらない。トキワは意を決して命の隣に移動すると、命の手を取って自分の胸に当てた。


「寧ろ逆。ちーちゃんが好き過ぎて…なんていうかその…」


 好きという単語で命は顔を上げて希望に目を輝かせた。その仕草さえ愛おしくてトキワは生唾を飲み込むが舌を強く噛んで堪えると赤裸々な気持ちを伝える。


「好き過ぎて理性が抑えられなくて、一線を超えてしまいそうなんだ…」


 口にしたら我慢出来なくなったトキワは両手で命の頬を包み込んで逃がさないように口付けた。ゆっくりキスを味わった後唇が離れたと思いきや再びトキワは口付けて来た。頬に添えられていた手はいつの間にか命の体中をねっとりと撫で回していた。


「ね?もう抑えられないよ…」


 息継ぎのついでにトキワは同意を求めるとまた執拗に口付けて来るので命はこれまで悩んでたのが馬鹿みたいに思えて、彼の気持ちに寄り添うように背中を撫でた。


「ちーちゃん、してもいい?」


 トキワが救出に来た事でここしばらく張り詰めていた緊張感が解けて命は本能的に流されてしまいそうになったが、目と鼻の先で璃衣都達が寝ている…しかもカナデはまだ眠っていないかもしれないと冷静になり、理性が無くなりかけている婚約者の胸板を押しやった。


「ダメ。今までも頑張って来たんだから、これからも頑張って」


「そんなあ…」


 がっくりと肩を落とすトキワに命は一笑してから甘えるように抱き着いた。


「でも助けに来てくれてありがとう…大好きだよ」


「俺も大好きだよ。だから…」


「それとこれは別」


 即答で拒否されて生殺しだと嘆息しながらもトキワは久方ぶりの命の感触と温もりを味わい、彼女の生存を心から喜んで、もう二度と離さないと心に誓いつつも、煩悩を除外すべく頭の中で両親と妹の顔と風の神子や紫の顔を思い浮かべてクールダウンを始めた。

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