227現実逃避行12
遭難二日目の夜、命たちは野営の準備をしてからカナデの変現の儀を行うことにした。これで彼の武器も明らかになり、戦力拡充を見込めるはずだと命は予想していた。
変現の儀はめでたいことなので、命は限りある食糧で工夫してご馳走を用意した。因みに璃衣都とカナデとプリシラは料理が出来ないため、食事は命が一手に担っていた。
「はーい、それではカナデくん五歳と百五十一ヶ月の変現の儀を行いまーす。拍手!」
命は璃衣都とプリシラに拍手を促して変現の儀を進行する。
「なんで五歳と百五十一ヶ月なのよ?」
「変現の儀は本来五歳の時に行うからね。そこは雰囲気を大事にしたいじゃない。それじゃあ早速水晶を武器にしちゃって。やり方は分かる?」
カナデが首を振って命に教えを乞うた。その姿は年相応のあどけなさがあった。先程命は彼の年齢を聞いたのだが、まさかの十七歳と年下だった。
「水晶に触れて心の中で『我に力を示せ』と念じるの。まあ今回は初めてだし変現の儀だから口に出してみて」
指示に従いカナデは水晶を掌に乗せると神妙な面持ちで口を開いた。
「我に力を示せ」
声に応える様に水晶は光を帯びて武器に姿を変えた。
「これは……」
カナデの武器は長年父から修行を受けて振るい続けていた穂先が三叉状になった槍だった。
「よかった、父さんと同じだったんだ」
もし水晶が戻ってきたら自分はどんな武器を手にするのか。魔力や属性は親から遺伝するが、水晶が形を変える武器に遺伝しないことを知っていたカナデはずっと心配していた。
しかし水晶はカナデの願い通り槍へと姿を変えた目の前の事実が彼は心から嬉しかった。幸せそうなカナデの姿にプリシラはたまらず背中に抱きつき、何度もよかったねと祝福していた。
命は璃衣都から太めの針を借りて焚火の火で炙って殺菌してから一旦武器を水晶に戻したカナデを見やりニタリと笑った。
「じゃあ、お待ちかねのピアスタイムね。カナデは男だから左耳に開けるんだけど、どうする自分で開ける?変現の儀では両親や祖父母といった家族が開けるんだけど」
命が五歳の時に行った変現の儀では、父親のシュウに右耳の穴を開けてもらった。シュウは医者だったからか、手際が良く後の処置も適切だったのだろう。周囲の子供が泣き叫ぶ中で命は全く泣かなかったため、両親と姉を驚かせたのだった。
「プリシラ、頼んでもいいか?」
カナデからの指名にプリシラは驚きながらも、自分が彼にとって家族と同等なんだと思うと、嬉しさが溢れ、笑みを浮かべて頷いた。
事前に命が水晶をピアスの形に変える方法をカナデに伝授させて準備を整えると、プリシラがカナデの左耳を消毒してから耳裏にコルクを添え、一気に針で穴を開けた。
カナデは痛みで顔をしかめるが流石に五歳児ではないので、泣くことはなく淡々と処置を受けてから、水晶のピアスを取り付けた。
「ここに水鏡族の新たな戦士が誕生しました。皆さん今一度盛大な拍手を!」
変現の儀でどんな事を言ってたか命は覚えていないので、適当に締めて、全員で拍手して盛り上がった後、乾杯してささやかなご馳走を味わった。
つい数日前まで敵だったカナデとプリシラとまさかこんな風に笑い合って食事を共にするとは命は思いもしなかった。
しかし、遭難している現状は変わらない。明日からまた迷いの森からの脱出に挑戦しようと気持ちを引き締めた。
***
そして遭難してから四日目。一直線に進めば森から出られるだろうとカナデが持っていた青い塗料でマーキングをしながら探索したが、突き当たりは残念ながら崖っぷちで、それに沿って歩いてみるが、行き止まりばかりだった。休憩時間には命はカナデに魔術を教えた。
雷属性は専門外なので上手く伝わらないかと思いきや、要領がいいカナデは次々と魔術を取得した。最も頼りになった魔術は照明関係で、暗い夜道を明るく照らして貰えるのは精神的に楽だった。そしてその日からカナデには森の外から光が見える様に閃光弾を一時間に一回打ち上げて貰っている。
これで誰かに気付いてもらえれば助かる可能性が出て来るかもしれないと命は希望を抱いていた。
毎日時間の流れに注意して日付を追って来たが、今日は本来なら命は水鏡族の村にいてトキワと結婚式の打ち合わせを行う日だった。だが命が村にいないとなるとトキワは勿論レイトや祈達が探しに来てくれるはずだ。
勿論命がここで遭難している事を突き止めるには時間がかかるし、もしかしたら諦めて捜索を中止するかもしれない。それでも命は彼らを信じつつも、ここから生きて脱出する方法を模索し続けた。
***
遭難五日目の夜、カナデと夜の見張りを交代するために命はテントから出た。璃衣都がテントを二張り持っていたので、命と璃衣都、カナデとプリシラで夜は過ごしている。
「お疲れ、交代するよ」
「ああ頼む。その前に閃光弾を打ち上げておく」
カナデはすっかり慣れた様子で閃光弾を空に打ち上げた。こんな状況じゃなければ、花火みたいできれいなのにと命はぼんやり眺めた。
「なあ、あんたは水鏡族の村のどこに住んでいるんだ?」
珍しく命個人に興味を持ったカナデに命はきょとんとしたが、素直に答えることにした。
「西の集落だよ。カナデは?」
「俺は東の集落出身だ。まあ家は引き払ったから帰る場所は無いんだけどな」
「ふーん、そうなんだ。じゃあプリシラと近くに寄ったらうちに泊めてあげるよ。まだ出来てないけど七月に結婚して、新築の家に住むから二人を泊めてあげる部屋ならあるよ」
「それまでにここから出られたら考えておく。ていうかお前このまま行方不明だったら、結婚式は延期か中止だし、それどころか、婚約解消されて相手に逃げられるんじゃないか?」
「………」
カナデは茶化すつもりで言ったが、命は考えないようにしていたので、沈黙すると口元を震わせて赤い瞳から次々と涙を流した。今まで気を張り続けていたが、糸口が見つからない探索に身も心も疲弊していたのだ。
いつも気が強く生意気だった命の涙にカナデはうろたえながらも、とりあえず慰めようと彼女の頭を撫でようと手を近づけたが、振り払われてしまい気まずい空気が流れる。
「トキワに会いたい……」
命は胸のペンダントを切なげに手で包み込むと愛しい婚約者の名前を口にした。もしかしたらもう一生会えないかもしれない。そう思うと胸が苦しくてはち切れそうだった。
「今なんて言った?」
急にカナデは真顔になって命に向き直った。声が大きかったので命はびくりと肩を震わせながらも涙声で要望に応えた。
「トキワに会いたい」
その言葉にカナデは心底驚いた様子だったが、次第に含み笑いをしだした。命は何がおかしいのか理解できず、仏頂面になる。
「多分そいつ俺の幼馴染みだ」
「ええっ!?」
カナデの発言に命は思わず声を上げると、世間の狭さに驚きを隠せなかった。
「父親がトキオさんで母親が楓さんだろ?」
「うん」
流石に両親の名前まで合っていたら命の婚約者とカナデの幼馴染みのトキワは同一人物だとお互い確信すると、思わず声を立てて笑い出してしまった。




