226現実逃避行11
遭難一日目は森を歩き回り、体力を消耗するだけだった。不幸中の幸いなのは、璃衣都の所持していた異空間収納の中に大量の保存食と魔石が入っていた上、簡単な調理器具や簡易風呂に大きなテントに寝袋や毛布など、野営に必要な物が充分すぎるほどに揃っていたことだ。
水も命が魔術で生み出すことが出来て、当面の飢えは凌げる。おかげで全員精神的な疲労は少なかった。とはいえ、いつまでこの状況が続くか分からないので消耗品は大事に消費した。
そして迷いの森ではぐれたら二度と会えなくなる可能性を考慮して、一番行動が衝動的で危なっかしいプリシラはカナデと腰を縄で繋ぐことにしている。
「ねえ、あんたの水晶探してみない?」
二日目の朝、命はカナデに猿に奪われた水晶を探すことを提案した。生き残るためにも戦力の増強を図りたかった命はカナデに本来の力を取り戻してもらいたかった。
「どうやって探すんだ?近くにあれば共鳴出来るが、今のところ反応がないぞ」
「学校で水晶の探し方習ったでしょ?」
「……俺は水晶が無いから魔術の授業は見学だった」
一度魔術を習えるようにカナデの父親は高価な魔法石を無理して買ってくれたが、魔法石は一ヶ月も持たず壊れてしまったため、今後の家計の事も考慮して、カナデは魔術を習うのを諦めてしまっていた。
「は?見学なら大体何するか覚えているでしょう?まさか本当に見てるだけだったの?バカじゃないの!」
容赦なく罵倒してくる命にカナデはカチンと来て、眉間にシワを寄せた。
「お前に何がわかる!?水晶を持っていないからって、教師も同級生も俺を腫れ物を扱うような態度を取っていたんだぞ!」
「それがなんだっていうの?そこで腐らず魔術を勉強してたら、こうして水晶と再会できた時、何もできない状態にはなっていなかったじゃない!」
命の正論にカナデは押し黙る。プリシラは辛辣な態度を取る命を睨みつけると、カナデの手を強く握った。
「まあ教えるけど。今から挽回してよ?」
悪者になるつもりは無い命はカナデに水晶を探す方法を教えることにした。
「まずは目を閉じて神経を研ぎ澄ませて」
命の指示でカナデは目を閉じた。その様子をプリシラと璃衣都は静かに見守る。
「自分の中の魔力を感じることは出来る?こみ上げてくるような感覚なんだけど」
「ああ、なんとなくだが分かる」
「よし、じゃあその状態を保ったまま水晶を求めて。自分から水晶に呼びかけるの。どこにいる、戻ってきてって心の中で声をかけ続けて。そしたら反応があるはずだからそれを逃さないで」
そんな事で水晶は応えるのだろうか。カナデは半信半疑だったが、頼れるのは命の言葉しかなかったので、集中して自分の水晶に呼びかけた。
お前は今どこにいる?
力を貸してくれ……
帰ってきてくれ、ずっとお前を探していたんだ……
懸命に水晶に呼びかけ続けていると、目蓋の裏に光り輝くものが浮かんだ。カナデは目を見開くと、導かれるままに歩き出したので女性陣も後を追った。
「あそこだ」
カナデが指差したのは高木の上にある鳥の巣だった。どうやら猿が盗んだ後、光り物が好きな鳥に奪われたようだ。しかし巣は高所にあり、登るにも足掛かりがなかった。こんな時トキワがいたら一発だったのにと、命は今隣に彼がいないことを悔やんだ。
「あそこの太い枝に捕まれば登れないこともないわね。よし、ちょっとあんた肩車してよ」
命は革製の薄い手袋をはめるとカナデに肩車を要求した。
「は?普通に嫌なんだが」
「そうよ!あんたが乗る位なら私が乗る!」
カナデと接触して欲しくないプリシラは命に不平を言う。しかし命は至って真面目な顔をしている。
「私だってあんたの頭を股で挟むなんて嫌だよ。でも女の中で私が一番背が高いし、手も長いんだから、やるしか無いでしょう?」
「だがここまで近くにあるなら、水晶を呼び寄せることは出来ないのか?」
「出来る。ただあんたのお母さんの水晶も一緒にある可能性を考えると、どちらにせよ木には登らないといけない。とりあえずあんたの水晶だけ回収するか。さっきと同じ要領で手を差し伸べて呼びかけてみて」
カナデは鳥の巣を見上げて右手を高く掲げると、目を閉じて身体中の魔力を込めて水晶に呼びかけた。すると鳥の巣から金色の眩い光が溢れ出し、ふわふわとその光がカナデの掌に舞い降りた。
即座にカナデは光を握り締めてから、恐る恐る掌を覗くと、金色の水晶が収まっていた。
「やっと会えたな……」
声を震わせて感慨深げに水晶に話しかけるカナデの姿にプリシラは感涙していた。命と璃衣都も胸が熱くなった。
「ありがとう、あんたのお陰だ」
素直に頭を下げてお礼を言うカナデと、それに倣うプリシラに命はなんだかむず痒くなった。
「よし、後で変現の儀をしよう。とりあえず鳥の巣を確認しないと。ほらカナデ!しゃがんでよ」
命は初めてカナデの名を呼んでから、彼の母親の水晶を確認するべく、肩車を要求した。
「わかった」
自分の水晶と再会できて気持ちが落ち着いたのか、カナデはすんなりと木の前にかがんだ。命は璃衣都から縄を受け取ると腕にかけて、カナデの首に太腿で挟む形で跨った。
「準備できた。立ってみて」
命の合図でカナデは彼女の足を掴んで支えると、ゆっくりと少しふらつきながら立ち上がった。
「ちょっと危ないじゃないの!」
「仕方ねーだろ!思ったよりお前が重かったんだよ!」
「なんですってー!」
デリカシーのないカナデの発言に命は激怒して声を荒げた。
「あんたが軟弱なだけだから!私の婚約者はいつも羽のように軽いって言ってるし!」
いつもトキワが命を抱き上げる時の定番の口説き文句を口にして、命はカナデを罵る。
「お前の婚約者ってゴリラなんじゃねーの?つーかお前も木登りが出来るゴリラだからお似合いだな」
「この野郎っ、ちょっと水晶を手に入れたからって調子に乗って!まったくもう、今から枝に掴まるから動かないでよ!」
まさか人生で二度もゴリラと呼ばれると思わなかった命はショックと憤怒で我を忘れそうになったが、本来の目的を思い出し、カナデに指示をしてから、太い枝に手を伸ばししがみつき、カナデを軽く蹴って手を離すよう催促した。
そしてカナデが離れると、命は幹を蹴り上げて枝の上によじ登り、四方に伸びた枝を伝いながら、鳥の巣まで到達した。
「あった!!」
鳥の巣を覗き込むと、琥珀色が混ざった黄金の水晶のイヤリングとカナデの水晶が外れた状態のイヤリングが眠っていた。命は手早くそれらを回収してから幹に縄をくくりつけて、慎重に木から降りた。




