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225現実逃避行10

「最後の記録は貿易都市で止まっているな」


 レイトはそう言って顔をしかめた。命が受けた同行依頼の進捗記録は五日前の貿易都市のギルドで音沙汰が途絶えていた。記録によると、四日前には依頼人を目的地の静嵐村に送り届ける予定になっている。


「これじゃあ今どこにいるか検討もつかないわね」


 目的地に向かう途中でトラブルに巻き込まれたのか、はたまた依頼を終えて港町に戻る途中で何か起きたのか。祈には予想がつかなかった。


「ちーちゃん……」


 命が村を出て気晴らしするような事態を防げなかったトキワは不甲斐なさで拳を強く握る。


「うーん、何か手掛かりは……そうだトキワ、お前って風の精霊の声が聞けたりするのか?」


 レイトの問いかけにトキワは渋い顔をすると、認めたくなさそうに頷く。


「そっか、代行とはいえトキワちゃん神子だし、元々銀髪持ちで魔力が高いから、精霊さんとお話しできるのね!」


 神子は精霊と会話ができる。そのため水鏡族を代表して朝夕と礼拝しているのだ。それに気づいたからこそ、レイトは指摘したのだった。


「風の精霊達の情報網を駆使して命ちゃんの居場所を探れないだろうか?」


 風の精霊達の力に期待するレイトにトキワは冷ややかな視線を送り、ため息をついた。


「ぶっちゃけ嫌なんだよ。あいつらと話するの。いつもふざけてるし、ハタから見ると俺は独り言話してる頭おかしい奴にしか思われないし」

「そんなこと言わないで試してみて!ちーちゃんが心配じゃないの!?」


 どんな些細な事でも命の無事が確認できるのならと、祈は縋るようにトキワに精霊との会話を懇願した。


「……とりあえず試しに声だけ聞くよ」


 そう言ってトキワは目を閉じ、祈りを捧げるように指を組み古代語を呪文のように呟いた。その姿はさながら天使のように清らかだった。すると彼の周りを優しく風が舞った。


「はあ?」


 風の精霊から何か情報を得たのか、眉間に深くシワを刻ませ、トキワは問い返すように語尾を上げた。そして舌打ちをすると、指を解いて先程の天使の顔から一転、悪魔のようなしかめ面になった。


「何だって?」


 精霊との会話の内容を尋ねる祈から、トキワは目を合わせないように視線を逸らした。


「やっぱりあいつらロクな奴らじゃない」

「何で?風の精霊は何を話したの?」

「これは俺の妄想じゃなく、あいつらが言ったことですからね」

「うんうん、信じる。だから早く教えて!」


 勿体ぶるトキワに祈は待ちきれず催促した。トキワは渋々と近くにいた中年男性を指さした。


「あのおじさんはカツラ」


 トキワが指摘すると、突如強い風が吹いて、中年男性の髪の毛が宙を舞った。中年男性は慌てて髪の毛を追いかけて行った。レイトと祈は思わず吹き出して、笑いが止まらなくなってしまった。


「受付嬢が一日に使う香水の量は三十プッシュ。ドナドナのドーナツの隠し味は大豆ペースト。バニーガールのシンディさんは胸パッドを七枚重ねている」


 次々とトキワが口にする風の精霊の話はどれもしょうもないものばかりだったため、レイトと祈は腹を抱えて笑い続けた。


「……昨夜は祈さんが上」


 最後の意味深な言葉に心当たりがあったレイトと祈は笑いが引っ込んで黙り込んだ。


「ね、ロクな事を教えてくれないでしょ?でもちーちゃんの為に頼るしかないか……」


 しかし命の所在を突き止めるには彼らの力を借りるしかないとトキワは分かっていた。こんな時、命と結婚していたら風の精霊の気まぐれに付き合わされずに済んだのにと嘆くと、もう一度瞳を閉じて指を組み、風の精霊との対話に挑んだ。


「頼むから力を貸してくれ。ちーちゃんの、俺の一番大切な人の居場所を教えて」


 トキワの願いに風の精霊は応えるように彼の周囲を絶え間なく風が舞い込んできた。その様子をレイトと祈は固唾を飲んで見守っていた。


「……嘘だろ?」


 思ってもいないことを言われたのか、トキワは声を上げると胸を押さえて頽れた。レイトと祈は傍らに寄り添いトキワの顔を覗きむと、酷く動揺していた。


「大丈夫、トキワちゃん?」


 心配する祈に返事をする余裕は無く、トキワは動揺で乱れた呼吸を必死に整えようとした。レイトはトキワの背中をさすりながら辛抱強く回復を待った。


「今、ちーちゃんは男と一緒だ」


 風の精霊に命の所在を尋ねると、「彼女は若い男と一緒だよ。トキワ捨てられちゃたんじゃないの?」と精霊がささやいた。命の依頼人は少女だったので、男という存在はトラブルの原因の持ち主だろうと、トキワは嫉妬に狂いそうになる感情を押し殺して引き続き話を聞く。


「男はちーちゃんの股の間に頭を埋めていた」


 ただならぬ命の状況にトキワは頭の血管が切れてしまいそうになるが、悪戯好きな風の精霊の言葉だ。性的な状況じゃなく、何かのっぴきならぬ事情があるんだと言い聞かせて、トキワが歯軋りをした。


 すると「いい加減からかうのはやめようよ」と心優しい風の精霊が窘めると、精霊達は声を揃えて返事した。そして命の居所を包み隠さず話し出した。


「ちーちゃんは四日前から依頼人の少女と若い男女二人組の四人で、静嵐村に向かう道中にある迷いの森で遭難している!?」


 そう言ってトキワは命の冒険者情報を裏返した。ギルドの書類の裏は世界地図が印刷されているのだ。まずは港町を見つけると北に指を移動して貿易都市を探した。そこから山の方をなぞると、字が小さくて潰れていたが、静嵐村と何とか読むことが出来た。その周囲は確かに木々に囲まれている。


「遭難して四日……まずいな。辛うじて命ちゃんの魔術で水は確保出来るだろうが、山の夜は寒い。無事でいる保証が無いな」

「やだ!そんなこと言わないでよ!」


 重々しい口調のレイトに祈は否定するように泣き、彼の胸板を叩く。


「俺がちーちゃんを必ず見つけてみせる。ここから静嵐村まで直線距離だとそこまで遠くなさそうだな」


 港町から貿易都市は予算削減の為に極力トンネルを作ることを避けるために、鉄道のルートはかなりの迂回をしているし、馬車が通る道路も山道なので、曲がりうねっている。これは水鏡族の道路も同じだ。


「まさかその格好で行くつもりか?」


 元々命と結婚式の打ち合わせをするのが予定だったトキワの服装は紺色の半袖シャツに黒のジーンズ姿という、とても旅に出るような服装ではなかった。


「時間が惜しいから、これで必要最低限のもの買ってから行く。お金下ろしてきます」


 トキワは颯爽とギルドの銀行に向かい、資金を調達すると、レイトと祈にも手分けしてもらい食糧やライト、ブランケットや縄など救助の役に立ちそうな物を急遽購入したリュックにぎっしりと詰める。そして念のためトキワは胸当てだけ購入して、装着してから港町の外に出た。


「トキワちゃん……ちーちゃんをよろしくね」


 ぎゅっと願いを込めるように祈はトキワに短く抱きつくと、妹の救助を託した。


「もし見つからなかったら、諦めて帰ってこい。お前がいなくなったら悲しむ人間がいることを忘れるな」


 一方でレイトは苦しげな表情で残酷な判断も必要だと進言した。


「俺のちーちゃんへの執念を舐めないでください。例え逃げられても、地獄の果てまでも追い求め続けますから。一応風の精霊も協力してくれるらしいから大丈夫です。じゃあ村でのフォローは頼みます。行ってきます」


 トキワはレイトと祈に短く手を振り、直ぐに飛び上がった。レイトと祈が空を見上げると、豆粒ほどの大きさのトキワが静嵐村の方角へ一直線に消えていった。





 


 




 


 


 


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