221現実逃避行6
やはり誰かにつけられている。
貿易都市に辿り着いて宿を目指すまでの間、何度も視線を感じて周囲を確認した所、どうやらブルネット頭の女がこちらの様子を窺っている様子だった。
確証はないが、警戒は怠らない方がいいと判断した命は宿に着くと、璃衣都に親睦を深めるためにも同じ部屋で過ごそうと提案した。幸い璃衣都は喜んで賛成してくれて、現在シャワーを浴びている。
いくら同性とはいえ、今日会ったばかりの相手に少し無防備過ぎないかと命は心配しつつ、気休め程度に部屋に侵入者を防ぐ結界を張った。
「命さんシャワー次どうぞー」
「うん、ありがとう」
浴室から璃衣都が出て来たので、命はリュックから着替えを取り出した。
「髪の毛乾かすのはこれ使っていいよ」
璃衣都が懐中時計の側面のボタンをパチリと押すと、蓋が開き、中から髪の毛を乾かす魔道具が出て来た。
「え、すごい。これって異空間収納の魔道具?」
この手の魔道具は大変高価で貴重な物である。命がこれを目にしたのは勇者エアハルトが持っていた小箱型のものだけだ。
「うん、これ私のパパが作ったの。パパは魔道具技師なんだよ!」
懐中時計を命に見せてから璃衣都は誇らしげに胸を張った。ここまでのレベルの物を作るということは璃衣都の父親は相当な腕前の持ち主だと命は予想した。
「どうりで璃衣都さんの荷物が少なかったんだ。じゃあ後で借りるね。シャワー行ってきます。あ、防犯対策で部屋に結界を張ったから、部屋から出ないようにしてね」
「はーい」
璃衣都に注意をしてから、浴室で命は服を脱ぎ、メジャーで簡単に体のサイズを測った。折角桜が用意してくれる花嫁衣装が当日着れない事態が起きたら、一生の心残りになる。そんな悲劇を避けるために毎日測って気を引き締めているのだった。
計測を終えてシャワーを浴びてから部屋に戻ると、璃衣都から魔道具を借りて髪の毛を乾かした。以前エミリアの物を借りたことがあるが、中々便利で命も欲しくなり、璃衣都に値段をきいてみたら金貨十枚だと言われ諦めた。
「今回璃衣都さんは実家に帰るんでしょ。だったらこれまではどこにいたの?」
「五年間、大国で国際魔道具技師の資格を取得しに行ってたの」
海の向こう側の大国では魔道具の製作が盛んだということは知っていたが、そんな資格があるとは命も知らなかった。
「向こうではパパの知り合いのお家でお世話になって、私も先日晴れて国際魔道具技師になれたの!」
「そうだったんだ。おめでとう。じゃあこれからは故郷でお父さんと魔道具技師をするの?」
命の問いかけに璃衣都は首を振って、懐中時計の異空間収納から手のひらサイズのパンダのぬいぐるみを取り出した。
「私、大国に好きな人がいるの。その人も魔道具技師なんだけど、彼と一緒に働きたいと思っている。だけどそれを伝えたら、彼がちゃんとパパと話し合って認めてもらってからにしろって……」
「だから里帰りを?」
「うん、まあ説得にどれくらい時間がかかるか、分からないけどね」
パンダのぬいぐるみをギュッと抱きしめ、璃衣都は不安げに眉尻を下げる。
「そのパンダは彼がくれたの?」
璃衣都はこくりと頷き、命によく見えるようパンダのぬいぐるみを突き出す。
「二人でおつかいに行った時、ふざけ半分でおねだりしたら買ってくれたの」
「そっかー、いいな青春って感じ」
他人の恋愛話が好物の命は両手を頬に添えて悦に浸る。
「でも何で一緒に静嵐村までついてきてくれなかったの?普通彼女が自分と一緒にいたいから、親を説得するなんて言ったら、一緒に説得しない?そもそも一人旅させるなんて心配だし」
会ったこともない男に命は不平不満を言うと、璃衣都は想い人を庇うように必死に首を振った。
「違うの!彼とはまだそんな関係じゃない。ていうか、私の片想いなの……」
消え入りそうな声で璃衣都は頬を赤らめる。彼女の小さな恋はまだ始まったばかりだった。命は学生時代親友の南と幼馴染みのハヤトの恋を応援していた頃を思い出して、懐かしくなった。
「じゃあ頑張ってお父さんを説得して、彼に会いに戻らなきゃね。応援してるよ」
「命さん……」
璃衣都は命の激励に感激して抱きついてきた。命は優しく璃衣都の背中を撫でた後、片思いの男性との様々なエピソードを聞いて一緒に胸を焦がした。
翌日、身支度を整えて部屋のドアを開けると、目の前の床が濡れていた。何者かが侵入を試みたようだ。
「あれ、これなんだろう?」
ドアの郵便受けに手紙が入っていたので、命は中身を確認すると、要求が書かれていた。
黄金に輝く水晶のイヤリングをよこせ。さもないと痛い目に遭わせる。
今日の朝十時、機械街の時計屋ナンシーの店裏で待つ。
不審者の狙いが明らかになり、命は顔をしかめると、璃衣都と今後の動向について話し合うことにした。




