219現実逃避行4
もういっそ正直に話してしまおう。
トキワは固く決意して、命の家に迎えに行っていた。あれから三日もかかってしまったが、神殿が秋桜診療所や、トキワの勤務先の工務店に押しかける村人について苦言を呈するお知らせを回覧板で伝えると、風の精霊の怒りを恐れたのか、用がない村人たちは診療所と工務店には現れなくなった。
しかし診察室の事で気まずくなっていたトキワは命に会わないまま今日まで至ってしまった。命が好き過ぎて、二人きりになるだけで理性が利かなくなりそうだなんて、情けない事情をひた隠しにしていたが、今の状況は命を不安にさせるだけで、素直に気持ちを伝えて軽蔑された方がマシだと気づいたのだ。
とりあえず二人で神殿に行って、結婚式の打ち合わせを済ませてから、その帰りに話そう。トキワは頭の中で計画を立てると、命の家の玄関の呼び鈴を鳴らした。
「あれ?」
家の中から反応がなかったので、トキワは不審に感じてもう一度呼び鈴を鳴らすが、やはり反応は無かった。もしかしたら診療所の方かもしれない。トキワは隣の診療所を訪ねると、休診日のはずなのに鍵がかかってなかったので、ドアを開けた。
「桜先生、ちーちゃんいる?」
トキワの呼び声からしばらくして青ざめた顔をした桜が姿を現し、トキワを見るなり床に座り込んで頭を下げ始めた。
「ごめん!トキワくん!!」
謝罪する桜にトキワはうろたえながらしゃがむと、頭を上げる様に頼んだ。しかし桜は頑なに頭を下げたままだった。
「もしかしてちーちゃんに何かあったんですか?」
桜に謝られることと言ったら命に関するとしか考えられなかったトキワがきいてみると、診療所に沈黙が走る。
「……ちーが行方不明なんだ」
命が行方不明だという事実にトキワは動揺を隠せず、息をするのも忘れてしまいそうだった。
「診療所に患者が押し寄せた夜に、ちーが村を出て行ったんだ。ギルドの依頼を受けながら時間を潰して、今日トキワくんとの結婚式の打ち合わせまでには帰ってくると言っていたのだが、まだ帰って来ない。私が送り出したばかりに……本当に申し訳ない」
あの時傷付けなければ、こんなことにならなかったかもしれない。自分にも責任があると感じていたトキワは桜に何も言えなかった。
「き、今日帰って来るって言ってたなら、帰って来ている途中かもしれませんよ」
声を上ずらせながらトキワは気休めを言うが、桜の表情は硬いままだ。
「今りーと婿殿が子供達を義姉さんに預けて獣道を通って港町に降りているし、みーは馬車の待合所でちーが降りてこないか待っている」
命の捜索は既に始まっているようだ。トキワも参加すべく桜から情報を引き出そうとする。
「他に何か手掛かりはありませんか?どこか行きたい場所とか言ってませんでしたか?」
「行き先は言っていなかったが、ギルドの依頼を受けながら時間を潰すと言っていたから、それを守っていてくれたら、ギルドで所在が引き出せるはずだ」
「わかりました。ギルドに行ってみます」
トキワは診療所から出て神経を研ぎ澄ませて風を操り、身体を浮かせると、高度を上げて一気に港町まで高速で駆け下り、十分ほどで港町に着くなり、脇目も振らず全力疾走でギルドへの向かった。
「受付嬢さん!冒険者の情報開示をお願いします!」
声が大きかったせいか、ギルドにいた者たちから注目を浴びるが、トキワはお構いなしに受付へと進む。
「あっらートキワちゃん、冒険者の情報開示だなんて珍しい!誰の情報かしらー?」
「水鏡族の村、西の集落の秋桜診療所勤務の命です」
検索に必要そうな情報をトキワを話すと、受付嬢は手際良く書類を取り出す。
「うーん、情報に多少違いがあるけどこの子かな?ちなみにこの子とトキワちゃんの関係は?」
「婚約者です」
命との間柄をトキワが話せば、受付嬢は難しい顔をして、書類を引き出しに隠した。
「悪いけど婚約者とか、そんなフワフワした関係じゃ、情報は開示できませーん」
「そんな!そこを何とか!!」
「でもねー情報開示できるのは、家族欄に書いてある人物だけなのよー。親とか兄弟とか、それこそ夫や妻!それと子どもとかね。トキワちゃんも婚約者ちゃんと結婚してから、出直してね!」
トキワは命と出会って好きになってから、ようやく恋人同士になれて、遂には婚約者にまで上り詰めたのに、それでもまだ近い間柄になれていないという現実に、突き落とされた気がした。
「お義兄様ならどうだ?」
トキワの背後からレイトがギルドカードを差し出しながら、現れた。受付嬢はギルドカードを受け取る。
「レイちゃんいらっしゃーい!はーい!どれどれ、ざっんねーん!レイちゃんは載ってません!この子ズボラちゃんみたいね。九年くらい前に冒険者登録してからずっと情報を更新してないわ」
「あーそうか、命ちゃんの冒険者デビュー手伝った時俺は祈と結婚前だったな……」
「師匠の役立たず!」
レイトは悔しそうに頭を掻き毟る。トキワは八つ当たりにレイトを罵った。
「やっぱここはお姉様の出番ね!」
レイトに遅れてギルドに現れ、得意満面な顔でギルドカードを差し出したのは祈だった。血の繋がった姉なら確実だろうとトキワの瞳に希望が宿った。
「やだ祈ちゃん!お久しぶりー!どれどれ、はい!家族欄にお名前と冒険者ナンバーの記載がありまーす!じゃ、冒険者情報の写しを用意しますね!」
「イェッス!」
祈はガッツポーズをしてから、受付嬢から命の情報を受け取った。
ギルドを出てからトキワとレイト、そして祈の三人は顔を寄せ合い書類上の命の行方を追った。




