217現実逃避行2
翌日光と桜と一緒に婚礼衣装の店へ赴いた。店内に入るとトキワは既に到着していて、何やら若い女性店員の話を聞いていた。しかし命に気付いた店員は目に涙を浮かべて近寄って来た。
「回覧板読みました!お二人の愛の軌跡、凄く感動しました!!」
どうやら店員はトキワに回覧板の神殿からのお知らせに載っていた命とトキワの馴れ初めの感想を述べていたようだ。
「それはどうも」
命は苦笑してお礼を言うと、村全体に馴れ初めが知れ渡っている事実に目眩がした。
「あれって誰が書いたんだろうな?そもそも情報提供者がいないと、あそこまで事細かに書けないし」
桜はトキワに視線を移し、馴れ初めの文責を探ろうとした。するとトキワが申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめん、こないだ暦ちゃんに馴れ初めを聞かれて、世間話感覚で話したら、こんな事になっちゃった」
どうやら情報源はトキワで、文字に起こしたのは暦のようだ。
「なるほど、コーネリア・ファイア先生の仕業か」
桜は納得した様子で何度も頷いた。聞き慣れない名前に命と光は首を傾げる。
「なんだ、ちーも義姉さんも知らないのか?コーネリア・ファイアは炎の神子のペンネームだ。水鏡族の若者の恋愛模様が描かれた恋愛小説は村内外で人気だぞ」
「え!暦ちゃんて小説家だったの!?」
甥のトキワでさえ暦が作家であることは知らなかったようだ。ちなみに若い女性店員は知っていたのか、納得した様子だった。
「私、恋愛小説は貴族物が好きだったから、読んだことないや」
命と身近な友人である南と樹は身近な恋愛物より、現実からかけ離れたエンターテイメント性のある小説を中心に貸し借りをしていたので、暦の小説は完全にノーマークだった。
「桜先生は何で知ってたの?」
「患者との世間話で聞いたことがあって試しに読んだけど、中々リアルで文章力も高くてよかったぞ。うちに何冊かあるから帰ったら貸してやる」
おすすめは炎の神子と水の神子の恋愛小説らしいが、それは暦の実体験なのではと命は疑った。
「きっと次の新作はちーとトキワくんの話かもな」
「その時はモデル料たんまり貰おう」
「待って、それは絶対に阻止してよ」
桜の呟きで金に目がくらむトキワを命は思わず制止した。
雑談はそこそこに、命は担当の店員に誘導されて、花嫁衣装の試着へと移った。残されたトキワたちは式の準備や新居について話をしながら待つ。
「今回インナーの方も仕上がっているので、試着してみて下さい」
デザイナーに勧められて作ってもらったビスチェタイプの下着を命は受け取ると、早速身につけて仕上がりを見てもらった。
しっかりと寸法を測って貰い作ってもらったので、市販品に比べて格段につけ心地が良く、胸の形もきれいに整っていて、脇の肉もはみ出ず収まっていた。
下の方はガードルが用意されていて、破れないように慎重に履いて準備が整ったので、ドレスの試着に移る。
店員に着付けをしてもらい、姿見に映る自分の姿を確認するとサイズ感はぴったりだった。
「お似合いですよ」
「ありがとうございます」
店員に褒められて気分がいい命は目を細める。
「ちなみに万が一太ったらどうしましょう」
「そうですね、一応一か月前、二週間前、一週間前、そして三日前と試着を繰り返してもらうので、その時に全力で直します。太り過ぎもですが、痩せすぎにも気をつけてください」
サイズの調整に関して頼もしい言葉を貰えたが、甘えないように命は体型の維持を心に誓った。
「ベールの方は鋭意制作中です。職人が最高傑作になると、意気込んでいましたよ。なので今回はイメージを掴むために同じ系統のものを被ってもらいますね」
店員は用意していたベールを命にふんわりと被せてから、ピンで固定した。
「ベールといえば、私が持ち込んだベールはどこに取り入れられたんですか?」
「ああ、それなら背中のレースの部分ですよ。後で脱いだらご確認下さい」
一部分でも使ってくれたらいいという要望だったが、まさか背中だとは思わなかった命はデザイナーのセンスに驚かされた。
着付けが終わり店員がトキワ達を連れてきた。光と桜が感嘆の声を上げる中で、トキワはその場に蹲み、頭を抱え込んでいた。
「どうした?悪い物でも食べたのか?」
桜が心配して声をかけるとトキワは首を振った。
「こんなにきれいなちーちゃんをお披露目したら、村のみんなが虜になってしまう……」
相変わらず大袈裟なトキワに命はホッとすると、柔らかな笑みを浮かべた。そんなたおやかな笑顔にトキワは更に心臓を鷲掴みされて、彼女が自分の妻になる日が更に待ち遠しくなったと同時に、理性を保つためにも結婚までは決して二人きりにならないと誓うのだった。




