表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/300

216現実逃避行1

 結婚式まであと三ヶ月となった春のある日、命は二十一歳、独身最後の誕生日を迎えた。平日ではあったが、お昼休みに親友の南が散歩がてら、自分からと、産後間もない樹から預かった分も含めて、プレゼントを渡しに来てくれて感激した。

 そして夕食は家族全員が集まって、ケーキとご馳走を囲み、お祝いをしてくれた。


「トキちゃん、来なかったねー」


 ヒナタの言葉に命以外が大きく頷く。これまでトキワは出会ってから、どんなに時間がなくても、必ずお祝いをしてくれていたのに、今年は夜が更けて、お開きの時間になっても姿を現さなかった。


「結婚の準備と大工と神子の仕事が忙しくて、忘れたのかも。最近疲れてたみたいだし!あ、あとで埋め合わせしてもらうから大丈夫だよ」


 本日の主役である命が庇ったので、一同はこれ以上何も言えず、トキワを待たないまま、誕生日会は終わった。


 誕生日を忘れたくらいで、彼を責めては行けない。今日のことはそっと心にしまっておこう。それに去年、自分も彼の誕生日を忘れたから、おあいこだと言い聞かせるも、その夜命は枕を涙で濡らし、声を押し殺して泣いた。



 ***



 数日後、回覧板の神殿からのお知らせに目を通すと、トキワが七月に結婚し、それに伴い挙式後お披露目を行うと記載されていたので、命は本当に自分は神子と結婚するのだと、実感が湧いてきた、


 お知らせには二人の馴れ初めが事細かに書いてあり、出会いはトキワの一目惚れだったことや、模擬挙式の顛末をロマンチックに描かれた。

 闇の神子については伏せてあるが、神殿が魔物の襲撃を受けた際、その場に居合わせた命が、大怪我を負いながらも、他の怪我人たちを献身的に手当てしたことや、両思いになったあとに三年に及ぶ遠距離恋愛を経て、トキワが命の下宿先まで迎えに行き告白して、結婚を前提に付き合うようになった件や、トキワが風の神子代行になったのは、命が説得したことになっているし、危険を冒して一角獣の角を手に入れて、それを水の神子に提供して、風の神子の病気の治療に貢献した上で、何故か一角獣を雷の神子に紹介したことになっている。


 更には魔王撃退時にトキワが魔王の呪いで倒れた際には命の献身的な看病の甲斐があり、愛の力で呪いに打ち勝って遂に婚約に至ったと真実を交えながらも、やや大袈裟に、命が大衆に好印象を受けやすいようドラマチックに紹介されていた。


「誰だこれ?」


 美化された自分に思わず命はツッコミを入れると、自室に行って動きやすい服装に着替えた。


 今日は夕飯当番ではないので、結婚式に備えて運動して体を引き締めようも思っていたのだ。春になって、日も高くなってきたし、暇を持て余していたからだ。最近トキワはあからさまに命を避けていて、ここ最近は診療所に顔を出した後は、ずっとレイトに手合わせをしてもらっている。今日もレイトの家の空き地でじゃれあっているのを遠目に、命は準備運動を始めた。


 ランニングのルートにはマイホームの建設現場を取り入れている。毎回訪れる度に完成へと近づく新居が最近の命の癒しだった。診療所をスタートして学校、役場、託児所を通ってから建設現場に辿り着いた。


「わあ、屋根がついてる」


 基礎の工事は既に済んでいて、現在は屋根に取り掛かっているようだ。命は以前平日に休みを取って、家が作られていく様子を差し入れを持って見学に行ったが、トキワから集中出来ないからと追い返されてしまった。なので、あれ以来こうしてこっそり進捗を見に来ていたのだ。


「何事もなく無事に完成しますように」


 指を組んで祈りを捧げ工事の安全祈願をしてから、命は来た道を走って戻った。家に着く頃には日が沈んで暗くなっていた。


「ただいまー」

「おかえりなさい。ご飯もう少しかかるから、お風呂入って来たら?」

「うん、そうする」


 夕飯を作っている光に勧められたので、命は風呂場へ向かい湯船に水を溜めて火炎魔石で温めると、脱衣所で服を脱いで身を清めた後に、勢いよく湯船に浸かった。


 風呂から上がりタオルで体を拭いている途中、命は着替えを忘れていたことに気がついた。仕方ないので、体に大判のタオルを巻いて、自分の部屋に取りに行こうと廊下に出た。


「あ、ちーちゃん」


 リビングに出ると、いつの間にか帰宅していた実と鉢合わせした。別に実は妹だし一緒に風呂に入る仲なので、今の姿を見られても、命は何の抵抗も無いが、問題は実の隣に彼女のボーイフレンドであるイブキがいたことであった。命は顔を耳まで赤く染めたイブキと目が合うと、甲高い悲鳴を上げて慌てて階段を駆け上がった。


 普段より露出の少ない部屋着に着替えて、命が恐る恐る階段を降りてリビングの様子を窺うと、何故か床に正座したイブキが上半身裸になって短刀を手にしていた。


「ちょっとイブキくん何やってるの!?」

「押忍!嫁入り前の命姉さんのウルトラボディを見てしまったので腹を切って詫びます!」

「いやいや!気を抜いた私が悪いから!大体タオル巻いてたし!いいから刀しまって!」


 あまりにも物騒なイブキの謝罪に命は顔を青くして止めるが、イブキは刀を持ったままだ。


「みーちゃんも止めてよ。て、なんでみーちゃんも刀を持ってるの!?」


 イブキの背後で実が刀を構えていたので、命は声を上げた。実はいつものニコニコ笑顔を浮かべていた。


「イブくんの介錯をするの!イブくんが仕損じたら、私が首をバッサリするよー!」


 冗談だとは分かっていても、命は笑うことが出来ず、正座して額を床に擦り付けた。


「みーちゃん、悪いのはお姉ちゃんだから!お願いだか二人とも刀を収めて!!」


 必死に謝る命に実は少し罪悪感を感じたので、イブキに目配せをすると二人は刀をピアスの形に戻した。



「改めて命姉さん、すみませんッした!」

「もういいよ。その話は終わりにしよう」


 夕食中イブキがまた謝りだしたので、命はうんざりとした顔であしらうと、トロトロになった白菜のクリーム煮を味わう。


「で、なんでイブキくんがうちにいるの?家出?」

「やだちーちゃん、そんなトキワお兄さまじゃあるまいし!明日のお休みイブくんと港町までデートするの!新しいご飯屋さんに行くんだ」


 イブキの家は北の集落の端なので、ここからは随分と離れている。だから遠出の際イブキは実達の家によく前泊している。


「いいなあ、お姉ちゃんも一緒に行ってもいい?家具も見ておきたいんだよね」

「ちーちゃんそれ本気で言ってるの?妹のデートに付き纏う姉なんて聞いたことないよ」


 辛辣な実の言葉に命は打ちひしがれて項垂れる。時々実はこうやって毒を吐くのだ。


「冗談だよ。お姉ちゃん明日は花嫁衣装の試着に行かなきゃだし」


 明日はついに形となった花嫁衣装の試着だった。これで問題なければ装飾を付けたり微調整を行うようだ。


 久々にトキワとも休日を過ごせるが、最近そっけなくて寂しい命は目の前で仲良く食べさせ合いっこをしている実とイブキに羨望の眼差しを向けると、大きく溜息をついた。


 


 


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ