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215準備は着々と9

「ちーちゃん、これに目を通しておいて」


 結婚式の日取りが決まってから、三日が経った夕方のこと。仕事を終えたトキワが持ってきたのは、分厚いカタログだった。リビングのテーブルで広げると、家の外観から屋根や壁の見本、キッチンなどの生活周りの見本などが、詳しく載っていた。


「今度の休日工務店に打ち合わせに行くよ。順調に行けば、挙式の一ヶ月前には完成するらしい」


 結婚式の準備に気を取られて、命はすっかり忘れていたが、新居の方も進めていかないといけない話だった。


「トキワも建築に加わるの?」

「まあね。だからその分安くしてもらえる所もあるしね」


 いつも現場に依頼主がいれば、すぐその場で確認がとれるので、スムーズに事が進み、工期や打ち合わせの短縮にも繋がる。その分を料金でサービスしてくれるそうだ。もちろん身内価格というのもあるらしい。


「そうなんだ。じゃあ、もし子供が出来て大きくなったら、この家はお父さんが作ったんだよって、自慢できるね!」


 無邪気に将来を語る命の愛おしさにトキワは直ぐにでも抱きついて、唇を奪いたい所だったが、それだけでは済まない気がして、戒めにこっそり自らの脇腹をつねって、話を続ける。


「で、これに従って希望を記入すると、打ち合わせがスムーズにいくよ」


 家の外観や内装に各所について記入欄がついた書類を見せて、トキワは説明する。


「トキワは希望とかないの?二人で住むんだから、お互いの意見をすり合わせなきゃ」


 二人で住むという言葉にまたもトキワはクラついてしまう。結婚式の日取りが決まってから、命への想いに歯止めが急激に利かなくなっていて、二人きりでいると、うっかり襲ってしまいそうだった。しかしここまで来たら結婚まであと少し。楓の諫言もあるし、一線を超えずに大事にしたいという気持ちがあった。


「そうだね、俺も考えておくよ。それじゃ今日はもう帰るね」

「えー、一緒に見ようよ」


 結婚の準備でバタバタしていて、二人の時間が減っていることが寂しくて、命は腕を掴んで滅多にしない我儘を口にする。

 貴重な彼女からのおねだりに、トキワは命を頭の中で押し倒してから、平静を装いつつ、黙ってソファに座った。お願いを聞いて貰えて嬉しい命はいそいそとトキワの隣に座って、密着しる。


「まずは屋根の色は何がいいかな?赤?青?緑もいいなあ」

「屋根の色は大体住んでいる人の属性の色を選ぶのが多いよ。俺の家は両親が炎属性だから赤」


 言われてみれば、トキワの家の屋根は赤かった。命は身近な家の屋根の色を思い出して見る。祈の家はレイトの風属性から緑。命の家が青い屋根なのは、命たち三姉妹と、父のシュウが水属性だからだろう。秋桜診療所もシュウと桜が水属性だから青色だ。


「じゃあうちはトキワが風属性だから緑?」

「でもいいし、ちーちゃんが水属性だから青でもいいんじゃないかな」

「とりあえず候補はその二色にしよう。壁もそれに合わせて二通り考えないとね」


 同意を得るように命がトキワの目を見たので、反射的にトキワは彼女の顎に手を添えて口付けようとするが、ここでキスをしたら欲望が雪崩れ込んでしまいそうだったので、心の中でブレーキをかけた。それなのに珍しく命の方から口付けて来たので、トキワは我慢できなくなり、命をソファに押し倒した。


 息をする余裕もないくらい情熱的に求め合う二人だったが、突如ガチャリと玄関のドアの音に一瞬心臓が止まり、トキワは我に返り上体を起こした。命も慌ててソファに座り、乱れた髪を直した。


「ただいまでーす!」

「お、おかえり!」


 買い物袋を両手に携えた実が帰ってきた。今日は彼女が夕飯当番のため、学校から帰宅した後、買い物に出かけていたのだった。


「じ、じゃあ俺帰るね!」

「う、うん!バイバイ、気をつけてね」


 お互い必死に何事もなかったかのように装いながら、トキワは実に上気した顔を見せないように家を出て行き、命は大袈裟に手を振って見送った。


「ごめーん、寄り道した方がよかったね」

「そ、そんなことないから!ほら、ご飯作ってよ。お姉ちゃんお腹すいちゃったなー!」


 無邪気に茶化す妹を命は慌てて否定してから、台所へ追いやり、いつの間にか外されていた下着のホックを留めた。


 ***



 そして約束の日、命はトキワと工務店に訪れて新居についての打ち合わせをした。担当はヤマトと檀だ。命が事前に記入した書類を提出すると、それを元にテンポ良く決めて行った。


 屋根の色については話し合いの末、青色になった。命としては夫となるトキワの風属性をイメージした緑色がいいと思っていたが、妻の属性にした方が後々喧嘩にならないという檀からの意見が後押しとなった。


 壁の色は白で窓枠は青になった。内装については壁紙や床の素材と配置、部屋の広さなどアドバイスを元に決めていく。


 大体のことは命の希望通りになり、唯一トキワが希望したのは湯船は大きめという点だけだった。


 たった一日で、マイホームについての大体が決まり、あと一回打ち合わせをしたら、来月には着工に移れると、ヤマトに言われて、また一歩結婚に近づいた気がして、命は嬉しい反面、人生最大の選択がすんなり決まることに気持ちがついて行けず、戸惑いを覚えていた。


 一方でトキワは新婚生活への夢が膨らみ、命への想いを更に拗らせていた。



「あ、忘れてた。結婚式の日取りが決まったから、指輪に日付を彫ってもらいに行かないと」


 帰り道トキワは手袋をはめる際に右手の薬指に輝く指輪を見て、日付の刻印について思い出した。


「じゃあ、打ち合わせの予定がない休日に港町に行こう。お泊まりは、するよね?」


 きっかけは騙し討ちだったが、あれ以来、二人で港町に行く際お泊まりするのが、今では定番になっていた。恥ずかしそうに問いかける命の姿がトキワの目には刺激的に映り、近くに生えていた木に何度も頭突きをして、心頭滅却した。すると、木に積もっていた雪がドサリと落ちてきた。


「どうしたの?大丈夫?」

「大丈夫。額が痒かっただけ。あと、港町には俺一人で行く。ちょうど、ギルドの銀行にお金を下ろしに行かないといけなかったんだよね。それに実際結婚にどれ位お金が掛かるか分からないんだし、しばらくはお泊まりは止めておこう」

「そっか、そうだよね。ちゃんと節約しなきゃね……」


 デートでお泊まりを提案するのはトキワで、お金の心配をするのは命の方だった。それなのにいつもと違う状況に命は不信感を覚えながらも、彼を信じると決めただろうと、胸の内手前自らを叱責し、それ以上は何も言わず、静かに目を伏せて、かじかんだ手に息を吹きかけた。


 

 


 


 


 

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