213準備は着々と7
婚礼衣装の店を出てると、桜は疲れたからと、一足先に診療所へと帰り、命たちは神殿に向かった。
トキオと楓が旭のお迎えに行っている間に、結婚式の日取りを押さえるべく、命とトキワは神殿の婚礼部に向かった。受付を済ませて二人で待合室のソファで座っていると、同様に結婚式の打ち合わせに来たカップルたちから突き刺さるような視線を感じた。
「え、風の神子て結婚するの?」
「相手の人見たことないけど、神子じゃないよね」
「代行だから、一般人待遇でここにいるのかな」
「相手が一般人だから、レベルを合わせてあげているんじゃない?」
「お前の方が可愛いな」
「やだ嬉しいー」
カップルたちは声を潜めて会話しているつもりだろうが、待合室は静かなので、命たちに会話は筒抜けだった。今後準備を進めていくうちに、こういった場面に遭遇する機会が増えていくだろう。命は想像するだけで、胃の辺りがキリキリと痛んだ。
「うるさい」
小さいが、怒気を含んだ声でトキワが一言放てば、待合室にいたカップルたちは黙り、緊迫した空気が漂った。
トキワを怒らせて、村に嵐が訪れたのが記憶に新しい村人たちは己の失言を後悔して、戦々恐々としている様子だった。
折角みんな幸せな気分でここに来たのに、自分がトキワに相応しい人間じゃないせいで、不快な思いをさせてしまった。
命はだんだん気持ちが後ろ向きになりつつも、どうにかしてトキワと他のカップルたちに元気になってもらいたかったので、意を決して席を立つと、隣のソファに移動してカップルの女性の隣に座った。
「あの、今日はどんな打ち合わせで、こちらにいらしたんですか?」
命は努めて笑顔で、かつ優しい声でカップルに声を掛けた。
「き、今日は来週の挙式の最終打ち合わせに来ました」
怯えた様子で話をする女性に命は気の毒に思いつつも、笑顔を保った。
「いよいよなんですね!おめでとうございます!」
「ありがとうございます……」
先程まで好奇の目で見ていた相手に祝福されて、女性は面食らった様子だが、命の笑顔につられて、ぎこちない笑顔でお礼をした。
「来週は晴れるといいですね。どんな婚礼衣装を着るんですか?」
「母から譲り受けたものをリメイクした物を着ることになっています」
「素敵ですね!母親から娘に受け継がれて、花嫁衣装もタンスの中で眠り続けた甲斐がありましたね」
「そうですね、帰ったらタンスにも、衣装を守ってくれてありがとうってお礼しなきゃ」
次第に女性は命と打ち解けて、花婿衣装はどんなデザインか、パーティーの料理はどこで頼んだかなどと、結婚式の話題はもちろんどこの集落に住んでいるか、二人の馴れ初めや、プロポーズの話など、幸せいっぱいの話題を女性から聞き出していくうちに、命の作り笑顔も本当の笑顔になっていた。
そうこうしている内にカップルたちは打ち合わせの順番が回ってきたらしく、席を立った。
「私たちはまだ準備を始めたばかりだから、すごく参考になりました。ありがとうございます。お幸せに!」
「こちらこそ、来週のことで緊張してたから、励まされたわ……さっきは失礼なこと言ってごめんなさい」
そう言ってカップルが自らの非礼を詫びたが、命は何のことだかわからないととぼけて、プランナーが待っていると促し、手を振り見送ってから、先程から痛いくらい感じた視線の方へ振り向けば、トキワを含めて待合室にいたカップルたちが命に注目していた。
「……み、皆さんもよければ、お話聞かせて貰えます?」
注目されて怖気付いてしまいそうだったが、先程のカップルの女性の話を聞いている内に結婚が嬉しいけれど、不安なのは自分だけじゃないと気づいた命は思い切って、他のカップルの話も聞こうと思い、申し出てみた。
すると未来の花嫁たちが命のいるソファに勢いよく集結して、我ぞと先に口を開いたので、とりあえず落ち着いてもらってから、受付番号が若い順に結婚にまつわる話をみんなで聞いて、笑ったり共感したりしながら互いを励まし、祝福し合えば、待合室は再び幸せな空気に包まれた。
待合室に新たにカップルが入室すると、待っていたと言わんばかりに誰かが女性を仲間に入れて、話の輪に加えていった。
そして命が受付から呼ばれて輪から離れると、女性たちから「お幸せに」と祝福を受けたので、後ろ向きだった気持ちはすっかり前向きになって、満面の笑顔を浮かべて手を振りながらトキワの元へ戻った。
「うるさかった?」
トキワの腕に抱きついて命が問いかけると、トキワは含み笑いをして頷き、労うように彼女の頭をポンポンと撫でて、結婚式の日取りを決めるために応接室に入った。
そこでも神子待遇の挙式じゃなくて本当にいいのか、問われ、挙げ句の果てには神子の行事を管理する部署の担当者を呼んで、神子待遇の挙式をするよう説得されたが、トキワは頑なに普通の式を挙げると主張した。
最終的に光の神子の間に連れて行かれて、光の神子が再度説得するが、トキワは折れず光の神子も諦めてようやく日取りを選ぶ運びとなった。
「では改めまして、六月と七月で空いている日付はこちらです」
プランナーから提示された日付を見た所、平日は空いているが、休日はポツポツ埋まっていた。
「あ、トキワの誕生日が空いてる。休日だし、この日にしようよ」
七月の日程の中から、命はトキワの誕生日が空いていることに気がついて、指を差した。
「確かにちーちゃんは記念日に疎いから、覚えやすくていいかもね」
トキワは命と出会った日や、交際記念日には必ず花を贈っていたが、命は全く覚えておらず、毎回驚いていた。流石に結婚記念日は覚えていて欲しいので、トキワはちょうどいいと思った。
「あ、でも去年俺の誕生日忘れたよね?」
去年のトキワの誕生日を命は忘れてしまい、愕然とさせてしまったのは記憶に新しかった。あの時は翌日必死に埋め合わせをしたことを命は思い出し、視線を明後日の方に向ける。
「あの時は平日だったし、借金のことで頭もいっぱいだっただけだよ。記念日が二つ重なっていたら、流石に忘れないよ」
気まずそうに命が言い訳をすると、トキワはこれ以上は追及せず、結婚式の日取りを自分の誕生日にした。




