212準備は着々と6
翌日、桜と命が婚礼衣装の店に辿り着くと、既にトキワは両親と共に店内で待っていた。
「まさか、お相手が風の神子だったなんて、思いもしませんでした」
担当の店員は命の結婚相手がトキワだということに酷く驚いていた。そして若い店員が顔を赤くしつつ、緊張した様子で人数分のお茶を持って来てテーブルに置くと、はしゃいだ足取りで事務所へ消えて行った。
「風の神子代行は双子の兄です。弟の俺はただの大工なんですよ」
「息を吐くように嘘をつくな」
出まかせを言うトキワに楓は彼の頭を叩く。その様子がおかしくて命と桜は小さい声で笑った。
「あの、うちじゃなく、神殿の衣装部に依頼しなくても、大丈夫なんですか?」
代行とはいえ、神子の結婚式なので、担当の店員が恐る恐る尋ねると、トキワは隣にいる命の手を取り、うっとりと見つめた。
「神子としてではなく、一人の人間として、ちーちゃんを愛し、結婚したいんです。だから、彼女に最高の花嫁衣装を用意してくださいね。俺のはおまけ程度でいいですから」
「承知致しました。必ず素晴らしい婚礼衣装を準備いたしましょう!」
トキワの気持ちに感銘を受けた様子の店員は、早速打ち合わせを始めた。
「このベールを使って婚礼衣装を作ってもらいたいのですが、ちょっと離して」
命はトキワから手を離すと立ち上がり、トートバッグからベールを取り出して広げた。
「これって俺とちーちゃんが模擬挙式した時のやつだ!」
どうやらトキワは覚えていたらしい。命が広げたベールを懐かしそうに目を細めて見つめた。
「ああ模擬挙式ですか。西の集落の少年少女が精霊祭でするあれですね」
店員は模擬挙式に理解を示すと、ベールをじっくり観察した。
「模擬挙式で着た衣装を取り入れたいというカップルの依頼は何度も受けたことがあるので、可能ですよ。婚礼衣装の大方の希望を決めたら、デザイナーに相談して取り入れましょう。では早速前回のように気になる衣装を試着して下さい。さあこちらへ」
店員の誘導で一同は貸衣装部屋へ移動した。ここに来るのは二度目だが、大量の婚礼衣装についつい目移りをしてしまう。今回も各自で気になった花嫁衣装をピックアップして、命に試着させる。
まず命は自分が選んだ花嫁衣装を試着した。スレンダーラインの総レースの長袖ハイネックが清楚なデザインだった。
「悪くはないが太って見えるな」
「ですね」
桜の指摘通り、決して太いわけでは無いが、華奢とも言えない命の腕の太さだと、白という膨張色も手伝って、総レースの長袖は腕が太く見えて、体格がよく見えてしまっていた。
次に楓が選んだ衣装を試着する。プリンセスラインでビーズ刺繍が施されたハートカップが可愛らしく、スカート部分はチュールでふわふわに膨らんでいた。
「なかなか可愛くていいと思う!」
「……ちょっと胸が見えすぎで、恥ずかしいです」
自画自賛の楓だったが、以前桜が選んだものより控えめだが、命としては胸元の露出が気になってしまった。晴れの日でうっかりポロリなんてしたら、最悪の思い出になる。それだけは避けたかった。
「おいトキワ、ムッツリした顔で命ちゃんをガン見してないで、お前も選べ」
先程から黙り込んで命の花嫁衣装姿を凝視するトキワに楓は参加を促した。
「うるさい。今ちーちゃんの色んな花嫁姿を目に焼き付けるのに、忙しいんだよ」
以前水着を一緒に選んだ時と、同じ目をしている。命は思い出しつつ、呆れてため息が出た。トキワからすると、どの姿の命も最高に可愛いので、その姿を記憶に刻み付けるのに必死だった。
「私、トキワの選んだ花嫁衣装を着てみたいな」
試しにと命がお願いをしてみた。しかし快く引き受けると思いきや、トキワは神妙な顔つきで首を振った。
「まだデータが足りない。もっと色んなの着て、俺に見せてよ」
「ええ、試着するのも疲れるんだよ?」
「そこを何とかよろしく」
仕方なく命は様々なタイプを片っ端から試着してみた。似合わないと自覚があるエンパイアタイプや、背中が大きく開いたものに、奇抜なワンショルダータイプ。最後の方になるとヤケクソで膝上二十センチメートルのミニドレスまで試着していた。
「もう勘弁して……」
「ごめんね、ありがとう。充分に堪能できたよ」
ミニドレス姿で肩で息をしながら降参する命の頭を愛おしげに撫でてから、ようやく花嫁衣装の山と向き合い、真剣に吟味しながら一着のドレスを持ってきた。
「このデザインがいいと思う。これが最後、着てみて」
命は店員の手を借りて、渋々そのドレスに着替えて披露すると、周囲から感嘆の声が漏れたので、このドレスのデザインをベースに命の花嫁衣装は製作されることが決定した。
一方で花婿衣装は花嫁の衣装に合わせて適当にデザインしてくれとトキワが希望して、打ち合わせは終了となった。
「なんかずるい。どうしてトキワは試着しないの?」
疲労困憊の命は恨めしげにトキワを睨みつけた。
「俺はおまけみたいなもんだからどうでもいいじゃん」
「……癒して」
「え?」
「試着で疲れた私を、色んな花婿衣装を着て、癒してよ!」
珍しくわがままを言い出した命にトキワは呆気に取られたが、命の前に跪いて彼女の手を取り、にんまりと笑って愛おしげに手の甲に口付けた。
「お姫様の仰せのままに」
「……よろしい」
突然のお姫様扱いに、命は顔を赤くしつつも、彼のノリに合わせた。そして着せ替え人形と化したトキワは命や桜が選んだ衣装を時間が許す限り試着し続けた。途中楓が悪ノリしてトキオにまで試着させ始めると、美形親子のファッションショーに、店にいた他の店員たちがはしゃぎ、見物する騒ぎとなった。




