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210準備は着々と4

 今日も診察が終了し、帰宅すると、ポストに手紙が入っていた。差出人は以前、命が医療学校に通っている間下宿していた、アンドレアナム家の令嬢エミリアからだった。彼女からの手紙に命は心を弾ませて、家に入り自室で着替えてから、封を切って便箋を開いた。


 手紙には婚約の祝福と、結婚式の日取りが決まったら直ぐに知らせるようにと書いてあった。そして去年彼女とクラークとの間に生まれた子供のことや、命がアンドレアナム伯爵に相談していた、トキワの同級生の香の下宿の件は、滞りなく話が進んでいることも書かれていた。


 香の演劇学校への進学の件は、金銭的な問題があり、まだまだ時間が掛かるかもしれないと言われていたが、風の神子が立ち上げた奨学基金を受給出来ることになり、スムーズに行けば、この夏にも学園都市へ行き、アンドレアナム家に下宿しながら、演劇学校で学ぶらしい。


 便箋を封筒に戻して机に置いてから、命は夕食の準備を始める。お昼休憩中に仕込んでおいたシチューを煮込んでいると、呼び鈴がなったので、玄関のドアを開ければ、仕事を終えたトキワだった。雪の中ここまで来たからか、鼻先が赤くなっている。


「ちーちゃんただいまー」

「おかえりなさい。といいたい所だけど、ここはトキワの家じゃないよ」

「俺の帰る場所は、いつだってちーちゃんなんだよ」


 婚約をしているのに、未だに口説いてくるトキワに命は胸を焦がしつつ、夕飯の準備があるからと、台所に戻る。


「手伝うよ」


 勝手知ったる様子で洗面所で手を洗ってから、トキワも台所に入ってきた。


「今日はシチューとポテトサラダかな?あとキャベツと鶏肉で何するの?」

「キャベツと鶏肉を重ねて、コンソメで味付けして煮る」

「わかった」


 献立を聞いてからトキワは慣れた手つきで、手際良く茹で上がったジャガイモの皮を剥き始める。


「手伝ってもらっておきながら悪いけど、トキワの分は無いよ」

「うん、味見だけで我慢する」


 命はキャベツを切って軽く洗ってから、鍋に塩胡椒をかけた鶏肉と交互に並べると、光お手製のコンソメを振りかけて蓋をして、弱火にかけた。


「そういえば婚礼衣装のお店、希望の日時に予約取れたよ。トキワのお父さんとお母さんに伝えておいてね」


 トキオと楓に一緒に婚礼衣装を見ないかと、トキワに伝言を頼んだ所、是非一緒に行きたいと返事を貰い、日時の候補をいくつか挙げてもらっていたが、運良く第一希望が通った。トキワが言うには、楓が凄く楽しみにしているそうだ。


「帰ったら伝える。あと旭はその間ばあちゃんたちに預かってもらうってさ」


 水にさらしたタマネギを布巾で絞りながら、トキワは命にとって残念なお知らせをする。確かに幼児にとって婚礼衣装の打ち合わせは、退屈でつまらない時間だろうから、仕方ないと命は諦めた。


「それでさ、旭を迎えに行く時ついでに神殿で結婚式の空いてる日程を問い合わせて、日取りを決めちゃおうよ」

「いいね。そうしよう」


 二人揃って神殿に行く機会も減っていたので、良い機会だと思い、命は賛成して皮を剥いた茹でジャガイモを木べらで潰して、ドレッシングで味付けした。そして荒熱が取れたら水切りしてもらったタマネギと細かく刻んで、炒めたベーコンと乾燥パセリを混ぜ合わせて、最後に塩胡椒で味を整えたら完成だ。


「味見して」


 スプーンでポテトサラダをすくって、命はトキワに食べさせた。


「最高」


 にっこりと笑みを浮かべて感想を述べるトキワに命はほっとしたが、他の料理も完成してから味見させると、どれも同じ感想だったので心配になり、自分も味見したが、特に問題は無かった。


「あーあ、早くこれが日常にならないかな」


 光と実がまだ帰って来ないので、命が調理器具の片付けをしてると、トキワも手伝い始め、彼女との結婚生活への憧れを募らせていた。


「結婚したら俺の方が仕事終わるの早いから、先に帰って夕飯の準備して、ちーちゃんが帰ってきたら、一緒に食べる形になるのかな」

「待てるなら私が作るよ。事前に準備しておけば、それ程時間もかからないと思うし」

「叶うことならちーちゃんの料理は毎日食べたいけど、負担になるだろうから、俺もやるよ。家事も父さんに習ってるし、一通りやる」


 料理は好きだし苦では無いが、他の家事や仕事、子供が生まれたら子育てと余裕は無くなるだろうから、トキワの申し出は命にとってありがたいものだった。


「そしたらイチャイチャ出来る時間が増える!」


 結局のところ、トキワの目的は命と仲睦まじい時間を過ごすことだった。結婚したらひとつ屋根の下で愛を育むのは、彼にとって積年の夢だった。命はデレデレのトキワを無視して片付けを終えると、棚から三人分の食器を用意した。


「ちーちゃん、あと一つ味見忘れてる」

「えー、何?パンかな」


 もしやデザートのプリンの存在に気付かれてしまったか。命は首を傾げてとぼけるが、トキワはどこか見透かした目をしていた。


「違う。甘いもの」

「もう、仕方ないな」


 ここまでバレているならば、隠しておけない。命は意地汚い奴めと思いつつ、自分のプリンを一口だけ分けてあげようと、保冷箱に入れてあるプリンを取るために、壁際に移動するなり、トキワが逃げ場を失くすように命の両腕を掴んで、背中を壁に押しやり、強引に唇を奪った。


 まさか味見が自分だとは思わず、命はトキワからの突然の口付けに戸惑いつつも、次第に腰が抜けそうになった。しかし、いつの間にか股下に膝を入れられ、体を支える形で行為を続行された。


「ごちそうさま」


 味見どころか、完食と言わんばかりに、トキワは最後に命の唇をペロリと舐めると、満足げに微笑んだ。されるがままだった命は、耳まで顔を赤くして涙目になり、結婚して毎日こんなことをされたら心臓が持たないと危惧するのだった。


 


 


 

 

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