21燃えるお母さん3
「じゃ、今日の修行は終了な」
祈との約束の時間が来たため、レイトは修行を午前中で切り上げた。今日は港町でディナーを楽しんでから海が見えるホテルに一泊するらしい。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけてねー」
まあ水鏡族の中でも頭ひとつ抜きん出た戦闘力を持つ姉夫婦のことだから、途中魔物に襲われても問題無いだろうけどと思いつつ、命はトキワと手を振り見送った。
「ちーちゃん、やっとニ人っきりになれたね!」
ラブラブオーラ全開のトキワを無視して命は診療所に向かう。
「桜先生もいるでしょー?ほら、お昼ご飯作るから手伝って」
「はーい!」
その後ニ人で昼食にオムライスを作り、桜と3人で頂いた。
「おお、この玉子のふわふわ具合、職人技だ。腕を上げたなちー」
「ありがとうございまーす!」
桜に絶賛されて命も機嫌良くオムライスにスプーンを入れる。オムライスは海の向こうの大国が発祥の地で、最近港町で流行っていたので、母と買い物に行った際レシピと材料を入手して何度か一緒に作っていた。
「ちーちゃん食べさせて」
計算なのか、天然なのか甘えた声で口を精一杯開けておねだりをするトキワに命はあざといと思いながらも、その姿が可愛らしくて桜と共に目を細めた。
しかし素直に食べさせるのも照れ臭かったので、目を閉じているのをいい事に付け合わせのブロッコリーを口に放り込んでやった。
「うえっ…」
現在鋭意野菜嫌いを克服する努力はしているが、トキワにとって不意打ちのブロッコリーは想像以上のえぐみで思わず吐き出しそうになるも、命が食べさせてくれたという僥倖が勝り、涙目になりながら咀嚼して飲み込んだ。
「すごーい!ブロッコリー食べれた!えらーい!」
「うん、イケてる男に一歩前進だな」
手を叩いて健闘を称える命と桜にトキワは頑張った甲斐があったかもしれないと報われた気分で本命のオムライスを口直しに食べた。
食後の食器を片付けて一休みしてから命とトキワは再び外に出た。桜はティータイムに向けておやつを買いに散歩に出た。
「今度こそニ人っきりだねー。俺たちもデートに行こうよー!」
「何言ってるの午前中の続き!落ち葉集めてよ」
糖度の無い状況にもめげずにトキワは命の指示に従い先ほど得た要領で落ち葉を集める為に地面に手の平を見せて風を起こした。
ふとトキワが何かを期待する様な顔付きではためいているスカートを見ていたので、命は慌ててスカートを押さえた。するとトキワは何事もなかったかの様に視線を逸らして落ち葉をまとめたので、命も敢えて追及しないことにした。
「おー!出来てる出来てる!」
「愛するちーちゃんの喜ぶ顔を浮かべてやりました」
「あとで燃やさなきゃ。火炎魔石一個で足りるかな?」
この世界では魔力を込められた石を使って生活をしている。水鏡族は基本自らの魔術で賄えるが、違う属性の物は魔石を使うのだ。命の家族はレイトは風、母親の雷以外は全員水のため火炎魔石の消費が多い。
「だったらうちの父さんが迎えに来てくれた時に頼むよ!」
「それは助かる!トキワのお父さんて炎属性だったんだね」
「うちは父さんも母さんも炎属性で武器がナックルなんだよ。そのせいで母さんは俺にナックル使えってうるさいんだけどねー」
初めてトキワの口から聞いた家庭の事情に命は胸が締め付けられる。いつも元気で父親とも仲が良いから忘れていたが、彼と初めて出会ったきっかけは彼と母親の不和からだった。
「どうして俺は炎属性じゃなくて両手剣使いなんだろ…俺って捨て子だったのかな?」
「いやそれは無いでしょ。トキワはお父さんにそっくりなんだから。それに銀髪もお母さん譲りなんでしょ?」
たまに人から言われて傷ついていた事を反論する命にトキワは嬉しくなって彼女に抱きついた。
「ありがとうちーちゃん」
「どういたしまして」
抱きついてきたトキワを命は拒まず慈愛を込めて背中をポンポンと優しく叩いた。
ちーちゃんてふわふわしてて気持ちいいし、消毒液の匂いがするけど、ずっと嗅いでいたら甘くて良い匂いがする……
口にすれば突き飛ばされるし今後一切抱きしめて貰えないと思ったトキワは心の中で抱き心地の感想を述べた。会えば会うほど、触れれば触れるほど彼女への恋情は募る一方だった。
「ちーちゃんやっぱデートしようよー!手を繋いでお散歩!」
「さてと、ちょっと自主鍛練するかな」
懲りずにデートに誘うトキワを無視して命は一度自宅に戻りパンツスタイルに着替えてから外に出て、右耳に光るピアス状の水晶に触れて弓を取り出すと、水で作り出した矢で落ちてくる葉っぱを射た。
「よし」
手応えを感じた命は次に水の矢で落ち葉を追尾して次々に射る。
「ちーちゃんが弓使ってるの初めて見た。きれいだなー」
命が弓使いと聞いた日から想像していた通り弓を構える彼女の横顔が美しいとトキワは暫し息をするのも忘れそうなくらい見惚れていた。




