208準備は着々と2
「ちーは花嫁衣装はどうするつもりなんだ?」
診察時間が終わり、命が家に帰ろうとしたら、桜に呼び止められ、結婚式の花嫁衣装について問われた。
「花嫁衣装かぁ。うーん、あまりこだわりがないし、お金をかけたくないから、神殿に寄贈されて貸し出されているものを借りようと考えています」
自分の考えを口にしてから、命は桜に淹れてもらったコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて飲む。
「花嫁衣装に憧れとかないのか?」
「多少はあるけれど、あれって一回着たら離婚して再婚しない限りまた着ることが無いし、作ったら勿体なくないですか?」
現実的な命の価値観に桜は苦笑いをして、クッキーを口に放り込んでコーヒーを飲んだ。
「お前の花嫁衣装は私が用意してやる。だからとびっきり綺麗な姿で嫁に行け」
「え……」
思わぬ桜の申し出に命は驚いて目を丸くした。
「私にとってお前は娘も同然だから、これだけは譲れない。義姉さんにも了承は貰っているし、兄さんにも生前話したことなんだ」
「桜先生……」
こんなにも大事に想われていたと思わなかった命は感激のあまり目に涙を溜めて、桜に抱きついた。
「ありがとうございます。じゃあ一緒に選んでくださいね」
「ああ、任せておけ。大体考えてもみろ。花婿はとんでもないレベルの美形なんだから、テキトーでその場しのぎの花嫁衣装なんか着たら、幽霊みたいに存在が霞むぞ」
「確かにそうかもしれませんが、普通そこまで言う?」
「でも実際そうだろう?」
「うん、まあ」
月日を重ねるごとにトキワの風の神子代行としての人気は増すばかりで、先日レイトが冷やかしで行った風属性の会合では、トキワ目当ての子供と若い女の子ばかりだったと言っていた。
最近はまた背も伸びたし、身体も逞しくなっていて、更に人気が出るだろう。そんなトキワと結婚するのが、命はなんだかプレッシャーに感じてきた。
「よし、桜先生がお金出してくれるなら、トキワに負けないくらい派手な花嫁衣装を作ってもらおうっと!」
「その意気だ。早速今度の休みに村の婚礼衣装を扱う仕立て屋に行ってみよう」
桜の提案で今週末の休日の予定が決まった。命は快諾すると家に帰り、夕食中に光と実に話したところ、一緒に行きたいと言われたので、命と桜、光と実そして何故かイブキも花嫁衣装の相談に行くことになった。翌日トキワにも一緒に行くか聞いたところ、結婚式当日の楽しみにしておくと辞退された。
***
そして休日がやってきて、予定通りのメンバーで事前に予約していた神殿の近くにある婚礼衣装を取り扱う仕立て屋に来店していた。
「この度はご婚約おめでとうございます。まあなんて初々しいカップル」
仕立て屋の店員は結婚するのがイブキと実だと勘違したようだが、二人は満更でもない様子だった。
店は婚礼衣装の販売と貸し出しも行っていたので、ひとまず命は花嫁衣装を試着して、どんなデザインにするか決めることとなったので、光と桜、実とイブキとそれぞれが選んでくれた花嫁衣装を命は試着する。
最初に命が着たのは、実とイブキが選んだプリンセスラインのドレスだ。パフスリーブで腰に大きなリボンが付いていて、バラの形をしたレースとフリルがあしらわれたティアードスカートがボリューム満点夢いっぱいの甘いデザインで、申し訳程度にウエストに民族衣装に使われる意匠があしらわれていた。
「うわぁ、すげぇ似合わない」
桜の第一声に命も自覚があったのか一つ頷いた。
「これ、みーちゃん着てみようか?」
これは実の方が似合うかもしれない。命の意見に光も桜も頷き、店員に許可を得てから、実に試着させた。
「うおお!実ちゃん!最高に似合ってるッスよ!」
イブキは興奮気味に実の花嫁衣装姿を絶賛した。命達も同意して感極まって涙を流してしまった。
「みーちゃん可愛い。キレイだよ」
「実がお嫁に行ったら寂しくなるわね」
「えへへ、ちーちゃん、お母さんありがとう!」
「いやあ、みーもついに結婚かぁ。て、待て違うだろうが」
しんみりした空気の中で、我に帰った桜が思わず突っ込むと、そういえばそうだったと命達は苦笑した。
「最近の花嫁衣装は民族衣装の意匠からだいぶかけ離れてきてるんですね。どちらかというと、港町で見かける一般的なウエディングドレスに近いですよね」
「ええ、民族衣装風の花嫁衣装も人気ですが、一般的なウエディングドレスデザインも若い人には人気ですよ」
命の感想に店員が説明する。言われてみれば、同級生の結婚式はウエディングドレス寄りのデザインが多かった。
気を取り直して命が試着したのは、光が選んだザ・水鏡族の花嫁衣装なデザインの物だった。首の詰まったごくありふれた絹のストレートラインの長袖ワンピースで、襟ぐりと袖、スカートの裾とウエストベルトには水鏡族伝統の飾りが施されている。
「うーん、これはこれで王道でいいが。花婿に負けるな」
「そう?私は清楚でいいと思うけど」
桜と光の意見は正反対のようだ。命としてはデザインは気に入っていたが、似合っている気がしないし、確かに昨今の花嫁衣装と比べたら地味なので、トキワと並んだら霞んでしまうかもしれないと危惧した。
最後に命は桜が選んだ胸元が大きく開いて、右側にスリットが足の付け根までザックリと入った、スレンダーラインのドレスを着てみた。残念ながら胸周りのサイズが合わず、下着が見えていたので、披露する前にイブキには退室してもらった。
「ちょっとこれはしたないわね」
「しかしちーの武器を最大限に活かせるこれなら花婿に勝てるはずだ」
光が苦言を呈する一方で、桜はトキワより目立つからと主張するので、命はついおかしくなって、くすくすと声を立てて笑ってしまった。
その後も試着を重ねたが、命の花嫁衣装は決まらず、店員に申し訳なくなって謝ると、婚礼衣装は花嫁と花婿でデザインのバランスを見て選ぶ事も大事だから、今度は花婿と一緒に来た方がいいとアドバイスされたので、次回の来店はトキワも連れて行くことにした。




