206最愛17
命とトキワは空を飛んでから、神殿で一番高い円柱状の塔のてっぺんに、羽が舞い落ちるように優しく着地した。
「うう、やっぱり高いところは寒いね」
本日は晴天で、十二月にしては比較的暖かいが、命はベアトップタイプのドレスを着ていたので、両腕を組んで二の腕を摩り凍えていた。なのでトキワは風の影響を受けないよう二人の周囲に弱めの結界を張ると、自分が着ているジャケットを脱いで、命に羽織らせた。
「ありがとう」
寒さが和らいで命の顔に笑顔が戻ると、トキワもつられて笑顔になった。
「ヤバい、緊張してきた」
しかしこれから先のプロポーズを意識すると、トキワは急に緊張してきて顔が強張ってきた。いくらお互い気持ちが通じ合っていて、事前に二人で打ち合わせて、準備していても、これからの人生を左右する瞬間だからか、だんだんと手が震えてきた。
「トキワも緊張するんだね」
「するよ。あの時だって、ちーちゃんに交際を申し込んだ時もすごく緊張した」
トキワがアンドレアナム家の中庭での告白を挙げると、命は当時を思い出して、胸が高なった。
しばらくお互い無言だったが、トキワが意を決して、命の手を取った。
「ちーちゃん、俺はちーちゃんと出会えなかったら、一生孤独でつまらない人生だったと思う。だけどちーちゃんと出会って、ちーちゃんを好きになってからは、俺の人生は最高に幸せなんだ」
悪夢を見てから、トキワは命と出会えたことが自分の人生に彩りを与えたと痛感した。彼女に出会えなければ、仄暗い日々を過ごしていただろう。
「俺にはちーちゃんがいない人生なんて考えられない。だからずっと、俺の側にいて欲しい。俺と結婚してください!」
思いの丈をぶつけてきたトキワに命も応えるべく、握られた手を強く握り返して、瞳を潤ませて頬を赤く染めると、幸せに満ちた表情で頷いた。
「ありがとう、こんな私でよければ……お嫁にもらってください」
命が返事をするや否や、トキワは感激して、彼女を強く抱きしめて、幸せの絶頂を噛みしめた。
「……私もトキワと出会わなければ、どうなってたんだろうってちょっと考えてみたの。そしたら、トキワがいなくても、特別人生に支障が無いなって、気がついたの」
「え……」
プロポーズを受けた後にする話だろうかと、トキワは思いつつも、話の続きを聞く。
「トキワと出会わなくても、私は友達や家族と楽しい時間を過ごして、医療学校に行って勉強してから、秋桜診療所でナースになって桜先生と働いている。ね、特に困る事はないでしょう?」
「まあ、確かに」
敢えて言うなら、温泉旅行中にサイクロプスに殺されるのだが、一番思い出したくない悪夢なので、トキワは指摘しないでおいた。
「別に私独身でも、人生謳歌すると思うんだよね。それでもトキワと結婚するのってやっぱり……」
命はトキワの目を見てから、特上の笑顔を浮かべた。
「世界で一番トキワが大好きだからだよね。これからもよろしくね」
純粋なトキワへの気持ちを伝えた命は照れ隠しに、トキワの胸に顔を埋めると、彼の背中に手を回した。トキワは彼女の愛の告白により、幸せのメーターが更に振り切れた。
「見て、雪だよ」
トキワの呼びかけで、命が顔を上げると、空から雪が舞い落ちてきた。
「ん?冷たくない」
結界をすり抜けて、手に触れた雪は何故か温かく、跡形もなく溶けたので、命は違和感を覚えた。
「雪じゃなくて光みたいだね。ばあちゃんのしわざかな」
雪の正体に気がついたトキワは苦笑しながら、光の神子の祝福に感謝しつつ、コーラルピンクの口紅が引かれた命の唇に口付けた。
このまま幸せの余韻に浸っていると、パーティーを完全にすっぽかす事態になるので、命とトキワは一旦身嗜みを整えてから、パーティー会場の精霊の間に向かった。
「まったく、どこでイチャついていたんだ?」
要と交流があり、招待されていた楓が、旭とサクヤにメロンを食べさせながら、二人の不在を咎める。
「ちよっとね。後で話す」
主役の要とハジメを立てるためにも、トキワは楓たちに命と婚約した旨は、後で伝えることにした。しかし腑に落ちない楓はふと命と目があって、何かピンと来たのか、目を輝かせた。
「旭のお下がり、いるか?」
「違うから」
楓の発言の意図を瞬時に理解したトキワは白い目で否定した。仕方ないので、誤解を解くためにケーキを取りに行っていたトキオが戻ってきた所で、トキワは命との婚約を小声で報告すると、楓はようやくかと、ぼやきながらも、喜びを隠しきれない様子だった。トキオもついこないだまで赤ちゃんだったのに結婚かと、感慨深くトキワの頭を撫でた。
ようやく婚約まで辿り着いた。しかし結婚するまでは油断出来ない。トキワは命と確実に幸せになるためにも不安要素は排除する事を改めて心に誓うと、ケーキを美味しそうに頬張る命の愛くるしさに口元を緩めた。




