205最愛16
トキワが大浴場に向かい、身を清めて部屋に戻るまでの間、すれ違った顔見知りの神子や神官たちが、トキワの無事を喜んでくれた。そして彼が意識不明になった時、全員が意気消沈している中で、唯一冷静で的確な判断をした命を称賛している者もいた。
「ただいまー」
部屋に入ると周囲はすっかり片付いていて、窓を開けたためか、空気が澄んでいた。
「おかえり、ご飯持ってきてもらったよ。私もお昼にするから、一緒に食べよう」
命がお茶を入れながら、にっこり笑ったので、トキワは優しい気持ちで席に着いて、久々の食事を楽しんだ。食べさせて欲しいとトキワがお願いしてきたので、命はしょうがないなと甘やかした。
食後、命が食器を片付け終えると、ソファで寛ぐトキワが手招きしてきたので、隣に座った。
「ちーちゃん、本当にありがとう」
命の長い髪の毛を一つ掬って愛おしい気に口付けて、トキワは彼女の頭を撫で付けた。
「もう大丈夫だよ。頑張ったね」
子供をあやすような声色でトキワが褒めれば、命は目を伏せて彼に抱き、静かに啜り泣いた。
「怖かった……」
小さな声で命は心情を吐露した。先程の神子や神官たちの話から周りが落ち込んでいると、自分も落ち込んでいるのに気丈に振る舞う命の悪い癖が健在だと、トキワは気付いたのだった。
「不安にさせてごめん」
頼りない命の背中を撫でながらトキワは謝ると、彼女が泣き止むまで温かく見守った。
夕方になると泣くだけ泣いて元気になった命は宣言通り家に帰って行った。家族とトキワの職場にも彼の無事を報告するからと、淡々と荷物をまとめて部屋から出て行ったので、トキワはしょんぼりと肩を落とした。
その後命と入れ替わるように、トキオと楓に旭がやってきて、トキワの回復を涙ながらに喜んでくれたことで、トキワはあの悪夢と違い、自分は彼らの家族の一員なんだと実感すると、体調もさほど悪くないので、一緒に家に帰ることにした。
***
勇者一行と水鏡族の神子たちによる魔王撃退の報せは、村中は勿論のこと、港町のギルドから発信されて、世界中に知れ渡った。討伐まで至らなかったとはいえ、魔王を弱体化させた偉業は人々にとって、明るい話題となった。
そして明るい話題がもう一つ。土の神子代表を務める要がこの度結婚するはこびとなった。お相手は勇者エアハルトかと思いきや、刀使いのハジメだった。どうやら共闘を通してお互い気が合い、恋に落ちた様だ。
最初は要が神子を辞めて、ハジメと共に勇者と旅をして、結婚はもっとお互いを知って、折を見ての予定だったが、要も年頃だし、ここはハッキリとけじめをつけて欲しいという彼女の家族と神殿の意向で、村で結婚式を挙げてから、旅立つ形となった。
仲間の結婚にエアハルトは悔し涙を流しつつも、現実を受け入れて祝福した。そして勇者一行は彼らの挙式まで水鏡族の村に滞在することになった。エアハルトがなんだか不憫に思えてきた命は、休日に同級生の集まりがあったので、エアハルトを招待して同級生たちを紹介したが、残念ながら新しい恋は芽生えなかったようだ。
***
「はあ、まさか要さんに先を越されてしまうなんてな……」
急ピッチで挙げられた要とハジメの結婚式に参列したトキワは不満げにため息をつくと、ネクタイを緩めて、ドレスシャツのボタンを二つ外した。
「要様の花嫁姿、すごくキレイだったね」
よければ出席して欲しいと、要に直接頼まれたので、命も結婚式に参列していた。神子の結婚式となると、格式が上がり服装も豪華にしなくてはいけないので、今日はアンドレアナム家から贈られた瑠璃色のドレスを纏い、しきたりを守るために、下ろしたてのガーターストッキングを履いていた。
「ちーちゃんの方がキレイだよ……ちょうどいいな。今日実行しようか」
「何を?」
トキワの言葉の意味がわからず命が首を傾げると、トキワは彼女に近寄り腰を抱いてから、耳元でささやいた。
「……プロポーズ。これからしてもいい?」
急な展開に命は目を見張ると、胸がときめいて苦しくなった。確かにお互いドレスアップしているし、要たちの幸せに触発されていて、気分も高まっていた。
「どこでするの?みんな出て行ったし、チャペル?」
場所については、事前にいくつか候補を挙げていたが、どこもここから離れていた。
「あそこはどう?」
指を差してトキワが提案したのは、以前大精霊祭の後夜祭で二人きりで花火を見た、塔のてっぺんだった。
「いいかもね。じゃあパーティーが終わったら行こうか」
挙式の後はパーティーが行われるのが定番だ。今回の会場は精霊の間となっていた。
「いや、今すぐにしよう」
「でもパーティーを欠席するのは、失礼だよ?」
「後で行けばいいよ。要さんたちはパーティーの前に村人へのお披露目があるし、それにさっき、ばあちゃんに伝えたから、大丈夫」
「いつの間に……」
偉大なる水鏡族のシンボルである、光の神子を伝言係にするのは、おそらくトキワくらいだろう。命は苦笑してから、両手を広げた。その意図をよく理解していたトキワは彼女横抱きすると、ふわりと宙に浮いて、ゆっくりと神殿で一番高い塔のてっぺんへと飛んだ。




