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203最愛14

 トキワが意識不明になってから、一週間。命は毎日献身的に看病をした。今日も光の神子と勇者の指示通り、大きな宝石がついた金の腕輪と指輪を身につけて、トキワの手を取ると、優しく話しかけた。


「トキワ、そろそろ起きて。私明日から診療所に復帰するからちょっとしか会えなくなるよ。え、休めばいい?それは無理。結婚資金を少しでも貯めておかないと」


 一人芝居をしてから命は大きくため息をついた。


「このままトキワが目を覚さなかったら、結婚どころじゃなくなるよ。下手したらお互いおじさんとおばさん、更にはおじいさんとおばあさんになっても、結婚できないまま人生を終えてしまうかもしれないね……まあ起きてくれないなら待ち切れなくなって、私は他の人と結婚しちゃうかも、なんてね」


 そんなこと出来るわけがない。トキワと結婚出来なかったら、生涯独身は決定だ。命はトキワの髪の毛をそっと撫でながら寂しそうに笑ってから、彼の薄い唇に口付けた。こうやって、毎日もしかしたらと思いながらキスをしているが、目覚める気配は一向にない。


「じゃ、今日もリクエストもらったから、これ読んじゃうね」


 命は一冊の絵本を手に取ると、ページを開いて読み始めた。この絵本はトキワが倒れた翌日にトキオと楓が旭と共にやって来て、昔よくトキワに読み聞かせていた絵本だから、試しに読んでやってくれと渡されたものだ。楓曰く、この絵本の主人公の魔女は命に似ていると言うが、絵本の魔女は鋭い目つきで、人相が悪く似てると言われて、嬉しいものではなかった。しかし毎日読んでいるうちに、お人好しな魔女の優しさに心が温まり、トキワがこの絵本がお気に入りだという理由がなんとなく分かった。


「いつか、あなたにも、あいするひとが、あらわれますように……おしまい」


 絵本を読み終えてページを閉じると、命はまた一つため息をつく。ここ一週間、トキワの反応が全く無い訳ではなかった。最初は無表情だったけど、次第に苦しみだしたり、悔しそうに歯を食いしばったり……そうかと思えば大声で「母さんなんで!?」と叫んだ時もあった。ここ三日は何故か時折楽しそうに笑い出すこともあった。しかし昨夜はまるで獣のような雄叫びを上げて、苦しみに顔を歪めて汗でびっしょりになっていた。命はその声で飛び起きると、必死にトキワが落ち着くまで抱きしめていたので、正直言って今日は寝不足だった。


「……大丈夫?おっぱい揉む?」


 何を血迷ったのか、命はトキワの手を取ると、自分の胸に押し付けた。先日雷の神子が看病疲れをしている命に同様の言葉を掛けてきたので、思い切って彼女のスイカみたいに大きい胸を揉ませて貰ったところ、普段人から揉まれることはあったが、人のを揉むのが初めてだった命は、その柔らかさと、揉み心地に感動して癒された。そして命の胸を毎日揉みに来ていた先輩メイドの気持ちが初めて分かったのだった。


「あーあ、何やってんだろう私」


 ふと我に帰り、命はトキワの手をベッドに戻すと自嘲して、すっかり冷めてしまった紅茶を流し込んだ。


「うん、眠い!まだ午前中だけど寝よう!」


 睡魔に負けた命は特別に用意してもらった簡易式の折り畳みベッドを広げると、立てかけてあるマットレスを乗せて、枕を置き寝転がりシーツをかぶった。


「おやすみなさーい」


 お手製のアイマスクをつけて、命は目を閉じてわずか三秒で眠りについた。





「やっと出会えた……ずっと会いたかったっ!!」




 突然のトキワの大声に、命は睡眠から僅か十分で飛び起きた。心臓をバクバクとさせながら、命はトキワの顔を上から覗き込むと、晴々とした表情をしていた。


「おのれ、いい顔しやがって……」


 忌々しげに命がトキワの頬を突いていると、パッと彼の目が見開かれた。


「え、起きた?」


 意識不明になってから、トキワが自ら目を開くのは初めてだった。またすぐ閉じてしまうのかと命は見守ったが、ルビーの如く赤く輝く瞳は開かれたままだった。


「トキワが起きた。誰か、誰か来て!!」


 命は部屋のドアを開けて、声を裏返らせながら人を呼んだ。そしてトキワの様子を確認すると、顔をしかめて体を起こして両腕と背中を大きく伸ばしていた。


「よかった。本当によかった……!」

「ちーちゃん……」


 目を覚ましたトキワに命は感極まって抱きついた。トキワも彼女の背中に腕を回して、力強く抱きしめた。


「会いたかった。ちーちゃん……やっと、やっと会えた」


 次第にトキワは涙声になると、子供のように声を上げて、泣き出した。命は戸惑いながらも、よしよしとトキワの頭を優しく撫でた。


 紫が命の呼び声を聞いて、駆けつけてきた頃にはトキワも号泣から、すすり泣き程度に収まっていた。意識を取り戻したトキワに紫は涙ながらに歓喜して、風の神子たちを呼んでくると部屋を出て行った。


 するとドアが閉まる音がした途端、トキワは命を乱暴に押し倒して、彼女の体を撫で回し始めた。


「ちょっ、何してるの!?」

「子供が欲しい……俺とちーちゃんの子供が欲しい!」


 この言葉を命はどれだけ待っていただろうか。例えようの無い幸福感を噛み締めたい所だったが、状況が状況なので命は抵抗した。


「気持ちは凄く嬉しいけど、これから沢山人が来るから、落ち着いて?」

「愛してる。ちーちゃん、命……」


 甘い声で名前を呼ばれて、陥落してしまいそうだったが、頭振って理性を保てた命は必死にトキワの胸を押しやる。しかし、つい先程まで意識不明だったとは思えない位の力で、トキワは迫ってくる。


「お願いだから止めて。嫌じゃないけど、今することじゃないの!冷静になって、んんっ」


 説得を試みる命の口を塞ぐように、トキワは口付けて激しく舌を絡ませて来た。完全に彼の理性は無くなっていた。最中を人に見られたら、恥ずかしくて外を歩けない。命は意識を内転筋に集中させて、死にものぐるいで内腿を閉じた。



「何やってんだ!この大馬鹿者がっ!!」



 部屋全体に風の神子の怒鳴り声が響き渡った。彼の大喝一声にトキワは我に帰ると、命を拘束していた腕の力を弱めて、部屋の入り口に視線を移した。


「じいちゃん、生きてたの?」


 悪夢の中で風の神子は何度も死んでいっていたので、トキワは現実と混同してしまっていた。勝手に殺すなと風の神子がまた怒鳴ろうとするのを、紫は必死に押さえた。


「そっか、本当にここは現実なんだ……」


 トキワはポツリと呟くと、心から安堵して、穏やかな笑顔を命に向けた。


 


 


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