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201最愛12

 魔王から謎のガス攻撃を受けて意識を失ったトキワはすぐ様神殿の精霊の間に運ばれた。光の神子が呼び掛けたり、ゆすったりしても、トキワの反応は無かった。不幸中の幸いか、肉体的なダメージは一切なかったが、眠りから覚めることは無かった。


「トキワ、私のせいで……」


 自分を庇ったせいで、可愛い孫が意識不明になったと責める光の神子の姿は痛々しく、いつもの威厳は消え失せていた。


「僕があの時魔王を確実に倒しておけば……」


 同様にエアハルトも己の失態を悔やんだ。周囲は重い空気に包まれて、言葉を発するのも憚れた。


「そうだ、命さん……彼女ならトキワを目覚めさせてあげられるかもしれない」


 光の神子は命に希望を見出し、急ぎ彼女を呼び寄せた。命は闇の神子を抱っこして、精霊の間に姿を現し、眠っているトキワを発見すると、闇の神子を近くにいた暦に託すと、顔を真っ青にして駆けつけた。


「一体何が起きたんですか?もしかしてトキワ死んじゃったの?」


 命はトキワの首に手を添えて、脈を取り生死を確認した。


「あ、生きてる。よかったー」


 事情を知らない命の言動に、ピリついた周囲の空気も少し和らぐ。


「ごめんなさい、命さん。じつはトキワは魔王の攻撃から私を庇って、意識不明になってしまったの。本当にごめんなさい…」


 しおらしく謝る光の神子に、命は元気付けるように彼女に抱きついた。


「気にしないでください。だって逆の立場だったら、絶対トキワのおばあちゃんはトキワを庇うでしょう?トキワは当然のことをしただけです」


 敢えて光の神子ではなく、トキワの祖母として命が接すると、光の神子は声を上げて泣き出したので、命は彼女の背中を優しく撫でた。


「勇者様、トキワが意識不明になった攻撃がどんな物か分かりますか?」


 次に命は勇者に魔王の攻撃について尋ねた。落ちこんでばかりで、考えもしなかったエアハルトは慌てて考える。


「僕の推理が正しければ、あれは魔王の呪いで体に外傷が無いから精神的な呪い、恐らく覚めない悪夢を見せて、徐々に衰弱させる類いだと思う」


「となると起こせばいいのか」


 命はボソリと呟くと、光の神子から離れてトキワに近付いて手をかざし、魔術で発生した水球で彼の顔を覆った。


「ごぼっ」


 突然の水攻めにトキワは水を飲んでしまい吹き出したが、意識は取り戻さなかった。


「駄目か、あとは定番は平手打ちだけど、美形の顔を殴るなんて出来ないから、取り敢えずお腹でいいか。えいっ!」

「ぐはっ」


 躊躇いなく命がトキワの腹を殴ると、呻き声を上げたが、目は覚さない。その後命は鼻を摘んで息を止めたり、くすぐったりと、試行錯誤を繰り返すが、反射的な反応はあるものの、目を覚さなかった。


「もうやめたげてよー。せめて恋人らしくキスで起こすとかしてあげてよー」


 乱暴な命にエアハルトは涙目で頼み込んだ。周囲もその手段を希望してるのか、無言で頷いた。


「は、こんな人前で出来るわけないでしょう?」

「見ないから!見ないからちょっとやってみてよ?真実の愛ならなんとかなるかも!緊急事態なんだから早く!」


 確かに真実の愛として、口付けで眠りから冷める物語もあるが、命が恥ずかしがったので、エアハルトは全員に後ろを向くよう指示してから、自分も後ろを向いた。


「皆さん、絶対見ないで下さいよ!」


 頬を赤くしながら、命は横髪を耳にかけ、規則正しく呼吸をするトキワの唇にそっと口付けた。


「……起きません」


 少し長めにキスをしたが、トキワは目覚めなかった。お互いの愛を微塵も疑ってないので、今回はたまたま解呪方法が違ったのだろうと命は結論付けるも、悔しさが滲む。


「じゃあもっとエッチなことしたら……ごめんなさい冗談です」


 調子に乗ってきたエアハルトを命は睨み付けてから、ため息をついた。


「とりあえずトキワは若いし、体力があるから、今日の所は寝かせておきましょう。皆さんも疲れているんじゃないですか?休まないと身体が持ちませんよ」


 もっともな命の意見にその場にいた全員が賛同して、ひとまず解散となった。トキワは自分に割り当てられている部屋のベッドに寝かされることとなり、命はトキワの看病を紫に任せて、一旦帰宅する。道中置いてきたショッピングバッグ達が奇跡的に全部残ってたので、回収して家に着くと、母親の光と妹の実からフリフリのワンピース姿について言及されて、ようやく自分がいつもと違う服装だったと気づき、羞恥のあまり声を上げた。


 そして服を着替えて、家族に一度全員集まってもらい、トキワの今の現状を説明すると、桜に彼が目覚めるまでとりあえず病院を一週間休む許可を貰ってから、明かりを携え再び神殿に戻った。


 受付で先程急拵えで作ってもらった通行証を掲げてから、命はトキワの部屋に戻った。すると部屋にはエアハルトと光の神子が顔を揃えていた。


「命さん、あなたにお願いがあるの。この腕輪をつけて、毎日トキワの手を握って、語りかけて欲しいの」


 光の神子が差し出したのは、大きなサファイアが付いた金色の腕輪と大きなダイヤモンドが付いた指輪だった。命はこのダイヤモンドの指輪に見覚えがあった。


「この指輪って、勇者様が聖女にプロポーズするために買った奴じゃないの?」

「くっ、過去の傷を穿り返さないで!これくらい大きくて強い石じゃないと、僕たちの魔力に耐え切れないんだよ」


 エアハルトの言葉で、この二つのアクセサリーに光の神子と勇者がそれぞれ石に特殊な光属性の付与効果をもたらしている事に気がついた。


「指輪はつけなくてもいい。片手で握るか、チェーンに通して首から下げた形でもいいから、腕輪と同じように身につけてトキワ君に触れて声を掛けてくれ」

「そうしたらトキワが目を覚ますと?」


 命の予想に、光の神子とエアハルトはしばし黙り込んだ。


「結論としてはイチかバチかね。魔王の呪いについての文献を暦が図書館で見つけてくれたんだけど、悪夢から目覚めるには本人の強い意志と生命力次第なの。ただ私と勇者の光属性の魔術を通して、命さんがあの子に語り掛けてくれたら、手助けになるかもしれない。これは憶測で本当に賭けなの」


 必ず成功するわけではないと念を押す光の神子に、命は頷くと、腕輪と指輪を受け取ってから、腕輪を嵌めて、トキワの手を取り指輪を握ると、彼に声をかけた。


「早く起きてね、トキワ」


 腕輪と指輪は命の声に反応して、柔らかく光を帯びた。これでトキワに声が届いたどうかはわからないが、この日から毎日命はこの様な形でトキワに声を掛け続けるのだった。

 

 

 

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