20燃えるお母さん2
「ちーちゃんごめん、大丈夫?」
トキワは真っ先に命に駆け寄った。命は静かに佇んでいた。
「……見た?」
「えっと、なんのことでしょう?」
いつもは命に素直だが、これはまずいという空気を読み取ったトキワはとぼける。
「私のパンツ、見たよね?」
ここまでストレートに聞かれると嘘は付けない。
「ぴ、ピンク凄く似合ってたし、ワンポイントのリボンも可愛かったよ…うぐっ!」
上擦った声で精一杯の称賛したトキワの鳩尾に命の右フックが炸裂した。とっさに顔を狙わないのはやはり美少年の顔に傷は付けないという本能からだろう。
「お義兄さんも見た?」
次なる矛先となったレイトは冷や汗をかきながら首を振る。
「いやいや見てないし。命ちゃんのパンツとか洗濯物畳むときに見慣れてるから全然気にしてないよ!」
「お義兄さんのバカ!」
デリカシーの無いレイトに命は飛び蹴りをかます。失言を自覚したレイトは甘んじてそれを受けた。
「くっ、いい蹴りしてるな。流石は祈の妹だな」
蹴られた背中を押さえながらもレイトは余裕である。命は顔を真っ赤にさせながら、今日から絶対に下着は自分で洗濯して畳もうと強く誓った。
「師匠、ちーちゃんのパンツ毎日畳んでるんだ。よく考えたらちーちゃんと一緒に暮らしてるんだよね。いいな……いいなー」
恨めしそうな顔で呟き醸し出されたトキワの殺気にレイトは誤魔化すようにトキワの頭をガシガシと撫でる。
「そんな事よりもお前!何やってんだ!うちと診療所が吹っ飛ぶかと思ったぞ!!」
「ごめんなさい」
「まあ、俺の教え方が悪いせいもあるが……」
自分の非を認めつつレイトは頭を悩ませる。自分は感覚で魔術を使っているから、トキワに伝わりにくいのかもしれないと予測する。
「命ちゃん誰か魔術の制御上手い人知らない?」
「知ってたら私が習ってます」
「だよなー……」
行き詰まったレイトは柄にもなくため息をついた。
「ちょっとなんなのすごい風の音だったけどー!」
風が止んで安全を確認して家から出てきたのはよそ行きの服装をした祈だった。そういえば昼からレイトとデートに出掛けると言っていたと命は思い出す。
「トキワだよ。こいつ魔力のコントロールが下手くそなんだ」
「ふーん、トキワちゃん銀髪持ちだからね。何をしようとしたの?」
「落ち葉を集めてもらおうと思ったの」
風で乱れた髪の毛を手ぐしで整えながら命が経緯を説明する。
「なるほど…そうね…」
祈は暫し考え込んでからにんまり笑うと、突然水の玉を発動させ命にぶつけた。それにより命はびしょ濡れになる。
「ちょっとお姉ちゃん何すんのよ!」
「トキワちゃん、今からちーちゃんを乾かしてあげて」
突然の祈の課題に一同は驚く。
「え!ちーちゃんを傷つけちゃうよ!」
さっきと同じ威力を発動してしまったらいくら丈夫とはいえ、命は擦り傷どころじゃ済まない。トキワはそれを恐れたし、命も恐怖と寒気を感じた。
「大事な人を傷つけないように……優しい気持ちで魔術を使うの。家庭魔術は誰かを傷つけるために使わない。誰かを想って使うのよ」
穏やかに諭す祈にトキワはハッとする。これまで魔術を戦闘で使う事しか考えてなかった。落ち葉だって片付けるというより倒すという感覚だった。
「なるほど、考えたこと無かった。流石祈だな!」
「うふふーもっと褒めて?」
珍しく惚気るレイトと祈に命は白い目で見遣る。
「ハクシュン!」
冬が近づくこの季節、水に濡らされた命は身震いをしてくしゃみをした。このままだと風邪を引いてしまう。
「ちーちゃん、俺を信じてくれる?」
命に跪き、両手を握るとトキワは真剣に彼女を見つめる。正直なところあのつむじ風を見たから怖い。だけど、真っ直ぐな目をしたトキワを信じたかった。
「わかった。トキワを信じる……優しくしてね」
万が一怪我をしても診療所は目の前だ。どうにかなる。それにきっと成功する。命は寒さに凍えながらも笑顔を作った。
命の了解を得たトキワは握っていた命の両手を順に口付けてから離すと、魔力を集中させて術式を優しい気持ちで、命への想いを込めて発動させた。
発動された魔術から穏やかな風が生まれ命の体を包み込む。風は心地良く、温かさを感じた。そして数分後、ふわりと風が止み命の身体は傷一つなく乾燥された。
「ちーちゃん怪我ない?」
「うん、大丈夫」
「よかったー…」
魔術の成功に安心したトキワはその場に頽れた。命もほっと安堵のため息を吐いた。




