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199※鬱注意 最愛10


 母さんが急に冷たくなったのは、俺が五歳の時。生まれた時に手に持っていた水晶が持ち主に一番相応しい武器に姿を変える力、それを初めて発動する変現の儀の日だった。


 俺の水晶が両手剣に変わった瞬間に、母さんは絶叫して取り乱すと、その場で倒れてしまった。


 慌てて父さんが母さんをどっかに連れて行ってから一人取り残された俺は本来なら親に空けて貰うはずの左耳のピアスを自分で空けた。血が出て痛くて涙が出てきた。同じ日に儀式を行なっていた他の子は親に泣きついて頭を撫でてもらっていたけれど、俺は一人で泣き続けていた。


 それからも母さんは素っ気なくなって、食事は用意してくれたけれど、以前のように甘えようとしても、抱き締めてくれず、ぎこちなく頭を撫でるだけだった。


 家族みんなで風呂に入る時、頭を洗ってくれるのは母さんだったのに、父さんがするようになって。今まで楽しかった団欒のひと時が苦痛になり、俺は一人で風呂に入るようになった。


 夜、俺がいつも寝る時に読んでくれる絵本を持ってベッドに入ると、母さんは早口で読み上げ、すぐ横になった。父さんが代わりに読んでくれると言ってくれたけど、断って自分の部屋に戻って自分で読んだ。


「……いつか、あなたにも、あいするひとが、あらわれますように……おしまい」



 最後のページまで読み終えると、目蓋が重くなってきたので、俺は絵本を抱えて、そのまま眠りについた。



 そんな生活は十歳になっても続いた。母さんは両手剣なんか使わないで、ナックルを使えと、六歳の誕生日からずっとナックルを押し付けてきた。


 どうやら母さんは俺の武器が両手剣なのが気に食わないらしい。だけど一度決まった武器は一生変わらないらしいから、どうしようもない話だった。理不尽な母さんの要求に俺は度々言い返すようになって、喧嘩になることが増えた。


 雨が降っていたある日の夏、母さんと喧嘩して、もう何もかもが嫌になって家を飛び出した。いつもなら隣のカナデの家に行く所だけど、今日は神殿に住んでいるばあちゃんに会いに行くことにした。


 そして神殿の神子になって母さんたちと離れて暮らそうと決めた。神子には誰でもなれるわけじゃないけれど、俺は魔力の強い銀髪持ちだから、いつでもなれると、ばあちゃんに言われたのを思い出した。


 雨に降られて寒かったけれど、何とか神殿にたどり着いてばあちゃんに神子になりたいと告げたその日から、俺は家に一度も帰らなかった。


 風の神子になってからは、毎日風の神子代表を務めるじいちゃんから、神子としての仕事や魔術を学んだ。神殿にはほぼ毎日父さんが顔を出してくれたけど、母さんは来なかった。


 学校も行けなくなったので、神官の紫さんが辛抱強く勉強を教えてくれたけど、全く頭に入らなくなって、結局読み書きと簡単な計算が出来れば問題ないだろうと、じいちゃんからサジを投げられた。


 そして一年後、神殿に闇の神子が襲来した。神子達は持ち場での待機を厳命された。外では一体何が起こっているのか、分からなかったけれど、いつも通りの時間をを過ごしていたら、いつの間にか解決したみたいだった。


 じいちゃんが言うには、元炎の神子の母さんが魔物と契約して、人じゃなくなった闇の神子を焼き払ったらしい。こうして水鏡族に闇の神子はいなくなった。


 あれから母さんは時々顔を見せるようになったけれど、会話は続かず、お互い気まずくなって、俺は両親との面会を次第に忙しいと嘘をついて、断るようになった。


 四年後の十五歳の時には、俺に妹が出来たと両親から紹介されて、一度会った。妹に対しては何の感情も湧かず、これでいよいよ俺も用無しだなと、冷めた目で妹の頭を撫でた。


 その年の秋、十六歳の時に大精霊祭が行われた。高齢なじいちゃんに代わり、精霊降臨の儀を風の神子として執り行うことになった。練習を淡々と重ねて、当日は大きな失敗も無く成功を収めた。


 初めてあんなにたくさんの人たちを見たけれど、家族連れや友達同士、あとは恋人同士でみんな幸せそうに笑っていた。この人たちの幸せのために自分は毎日精霊に祈りを捧げているのだなと漠然と思った。


 そして大精霊祭を機に、俺はじいちゃんの後を正式に継いで風の神子代表になった。じいちゃんはホッとしたのか、病にかかって、あっという間に死んでしまった。


 二十歳を過ぎると縁談が舞い込んできた。風の神子は後継者が不足しがちだから、出来るだけ魔力が強い、同じ風属性の人間と結婚して子を成して欲しいというのが、他の神子や神官達の望みだった。


 俺は周りに言われるままに勧められた同い年の女性と結婚した。


 結婚式は盛大に行われて、その日から融合分裂で魔力を得て風の神子になった妻と同じ部屋で暮らすことになった。

 

 しかし妻という存在が異物にしか感じられず、それが伝わってしまったのか、妻も俺の存在を無視してソファで寝ていた。よって夫婦生活は皆無だ。キスも結婚式でやらされた一回だけだ。


 それでも生命の神秘なのか、違う、分かっている。妻が不貞を働いたおかげで、三人の子供に恵まれた。


 子供たちは全員灰色の髪で、顔も全く俺に似ていなかった。魔力も神子を目指すにはとても無理な数値で、周囲を落胆させた。


 子供たちとどう接したらいいかわからないまま、気づけば妻は子供たちを連れて、神殿を出て行った。


 そして一年も経たないうちに妻が戻ってきて、子供たちの本当の父親と暮らしているから、離婚して欲しいと切り出された。俺は妻の言われるままに融合別離を行い、有り余っていた金を手切金として押し付けてから、追い出した。


 それからは毎日朝夕と精霊に祈りを捧げるだけの人生だった。


 他の神子から何か趣味や商売、事業を立ち上げたらどうかと言われたが、全くやる気が起こらなかった。いつからか何を食べても美味しくないし、子供の頃大好きだった青空を見ても、何も思わなくなった。


 俺の人生は無味乾燥な日々を重ねて、歳を取っていくだけだった。


 気づけば両親も亡くなり、周りの神子も代変わりを繰り返して、俺が最年長の神子になっていた。二度目の大精霊祭の時は、風の神子は俺以外いなかったため、精霊降臨の儀は風を操り、無理矢理体を動かして乗り切った。その日も野外劇場には、多くの幸せそうな村人たちで溢れていた。


 ふとある日、俺は何となく図書館に行った。勉強が苦手だったから、ここに来たのは初めてだった。


 年老いた今でも文字の羅列は苦手で、自然と絵本コーナーへと足が動く。そこで一冊の絵本を手に取った。昔母親によく読んでもらっていた絵本だ。懐かしい気持ちになりながら、絵本のページをゆっくりとめくった。そして最後のページを口にした。



「いつか、あなたにも、あいするひとが、あらわれますように…」



 果たして無駄に長い自分の人生で愛する人なんて現れただろうか?両親、妹、妻、子供……俺は彼らを愛しただろうか?


 否、そんな人現れなかった。


 そんな考えを巡らせているうちに意識が遠のいて、俺はその日、生涯に幕を閉じた。

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