198歳愛9
「ハルくんお待たせー!おや、今回は随分と多勢だね。しかもかわい子ちゃんが四人もいる!」
周囲の緊張感を全く無視して、黒いツナギ姿の魔王は暦たち女性の神子を一瞥して嬉しそうに笑う。
「あ、君はさっきの元メイドちゃんのダーリン?さっきはフードでよくわからなかったけど、すっごい綺麗な顔してたんだね!びっくりー!男にしておくのがもったいなーい!」
次いで魔王はトキワに気付いた。恐らく魔力から同一人物だと判断したのだろう。
「魔王ケイオス!今日こそ君に引導を渡す!」
「やれる物ならやってみて!それでは皆さん!俺はハルくんと遊ぶから、こいつらの相手をしてあげてね!」
そう言って魔王が右手をかざし、地面から底無し沼のようなものが出現し、次々と魔物が湧いでてきた。どれも上位の魔物ばかりだ。魔王は愛用の枝切りハサミを異空間から取り出すと、エアハルトに襲い掛かった。
勇者と魔王が戦っている一方で、勇者の仲間と神子たちは魔物の軍勢と対峙した。
霰がサイクロプスが棍棒を振り上げるよりも早く、全身を一気に凍りつかせて動きを封じると、暦が炎で焼き払った。急激な温度差でサイクロプスは呻き声を上げて、弱った隙にテリーがサイクロプスの魔核を瞬時に射抜き消滅させた。
空から攻撃を仕掛けてくるワイバーンに雀は的確に雷を落として墜落させると、駄目押しに要は魔術で生み出した大きな岩をワイバーンに落とした。
「楽勝じゃなーい!」
要が岩に押し潰されたワイバーンに近寄ると、まだ息があったらしく、最後の力を振り絞り襲いかかって来た。絶対絶命の要だったが、ハジメが彼女の前に躍り出て、ワイバーンを一刀両断した。
「ありがとう……」
お礼を言う要にハジメは静かに頷いた。
「あ、これ寝台列車で倒した奴だ」
まるで勉強した所がテストで出たような軽い口調で、トキワはミナトとジョーゼフと共にミノタウロスと対峙していた。トキワは真空波でミノタウロスの右腕を切断して、同時にミナトは水刃で左腕を切断した。そしてジョーゼフがミノタウロスの足元を凍り付かせて自由を奪う。
「これを使おう」
トキワは一旦両手剣をピアスの形に戻して、ミノタウロスの巨大な戦斧に軽量魔術をかけ、手にすると、振りかざしミノタウロスの胴体を切断した。そして切断部から魔核が転がり落ちてきたので、戦斧の柄の先端部で擦り潰した。
「ちょ、待って!なんで五分も経たない内に全滅させちゃうの?あいつらなんなん?化物かよ!」
魔王は勇者の仲間たちと水鏡族の神子たちの強さに驚愕し、慌てて追加の魔物を出したが、同様に殲滅させられた。
「おかしいな、元メイドちゃんがサイクロプス相手に大苦戦していたから、水鏡族ってもっと弱いと思っていたのにな」
ぶつぶつと魔王が想定外の事態に困惑していると、エアハルトから剣撃を喰らい、頬から血が流れた。
「さあ覚悟しろケイオス!」
エアハルトが聖剣を振りかざし眩い光と共に魔王ケイオスに斬りかかったが、間一髪の所で避けて距離を取った。すると、着地点目掛けて、数多の属性の魔術がケイオスを襲い、
大爆発を起こした。
「はは、おっかねぇ」
残念ながら魔王の結界が間に合い、ダメージは与えられなかったが、絶え間なく魔王に向けて神子たちは魔術による攻撃を続ける。しかし、流石に魔王の生み出した結界となると、一筋縄では行かず、傷一つつけられなかった。
「これならどうかしら?」
戦場に不釣り合いな落ち着いた声色がしたと同時に、魔王の結界に無数の光の矢が降り注いだ。一部結界に小さなひびが入ると、その箇所に光の矢が集中し、ついに結界を破壊した。
「ばあちゃん、なにやってんだよ」
光の矢を放ったのは、神秘的な長杖を手にした光の神子だった。彼女は唯一無二の存在だから、戦場に現れるべきではない。トキワはたまらず責め立てた。
「面白そうだったからつい参戦しちゃった。大丈夫、サクヤは命さんに預けたから」
流石に幼児である闇の神子を戦闘に巻き込めないと光の神子は人として当然のことを言うと、エアハルトに視線を移した。
「勇者エアハルトよ、私があなたに力を貸します。その聖剣で魔王をぶち殺しちゃって下さいな」
物騒な言葉遣いで勇者に協力を申し出ると、光の神子は杖を構えて、エアハルトの聖剣に力を注いだ。すると聖剣から温かい光が溢れ出し、エアハルト自身にも力が漲って来た。
「はあ、これで光の神子が美少女だったら最高の展開だったのにな……」
「何か言いましたか?」
「いいえ、素晴らしい力をありがとうございます。行くぞケイオス!うおりゃああ!」
「うわ!マジで?ヤバっ!」
光の神子が既婚の老婆であることを再び惜しみつつ、エアハルトはパワーアップした聖剣でケイオスに切り掛かった。
ケイオスは避けようとしたが、光の神子を始めとする神子達の強力な魔術により、進路を妨害されてしまい、光り輝く聖剣の一撃を喰らってしまった。
「やったか!?」
手応えを感じたエアハルトは魔王ケイオスを包む眩しい光を見据えていた。一同も魔王の顛末を固唾を呑んで見守る。
「あーあ、油断しちゃった……」
ケイオスは人間体を保てず、ヘドロの塊のような姿になっていた。生憎魔核の破壊まで至らなかったようだ。
「今とどめを刺してやる」
エアハルトが聖剣を手にケイオスの魔核の破壊を試みるが、すばしっこく地面を這い逃げると、不意打ちで紫色のガスを素早く噴出した。
「悪あがきをしやがって」
紫色のガスはエアハルトには当たらなかった。もはやコントロールを失っているようだと思われていたが、ガスは光の神子目掛けて、一直線に向かっていた。
「ばあちゃん危ないっ!」
魔王の狙いに気付いたトキワが光の神子を庇うと、紫色のガスが彼に直撃した。
「トキワっ!」
光の神子は孫の名前を悲鳴混じりに上げて、急ぎ治癒魔術を発動させたが、トキワはそのまま意識を失った。そして動揺した勇者たちは、判断が遅れてしまい、魔王の逃走を許してしまった。