195最愛6
勇者達がイービルウッドの討伐を終えたので、再び馬車は水鏡族の村を目指し始めた。命は服が無残に破かれてしまったので、男性陣が乗る前に先に馬車に乗ってピンク色のフリルワンピースに着替えた。
「たくさん買ってて正解だったね」
とても不本意だが命はトキワの言葉に頷くことしか出来なかった。しかし今着ている服が駄目になったら、あの体のラインがピッタリ出るニットミニワンピースしかないので、もうこれ以上トラブルが起きないことを願うばかりだった。
「くっ、僕がイービルウッドを倒している間に触手プレイとかエロい展開になってたなんて!」
「好きな女性がいるのにそんなこと考えるなんて、勇者様てば不潔」
女性に慣れたとはいえ、変わらず残念な言動をするエアハルトに命は軽蔑の眼差しを向けた。
「そうだな、僕には運命の聖女がいる。大変失礼した。ところで君たちは絆と面識があるのかね?」
とても今更だがエアハルトは光の神子の容姿を知らなかった。彼は勝手に自分の運命の相手として偶像を創り上げていたのだ。
「面識があるというか、俺の親戚だよ」
ここまで来ると楽しくなってきたトキワは嘘をつかない程度にエアハルトをからかい始める。
「な、なんだと!つまり絆は先程の女体化したトキワくんみたいな感じなのか!?うーん、つるぺたは残念だが、美少女だったからイケる!」
女になった自分を恋愛対象として見られたトキワは心底気持ち悪くなって舌を出して肩を竦めた。
「私も会ったことあるけど、トキワの顔はお父さん似で光の神子は母方の親戚だからそれは無いかな」
エアハルトの反応が面白かったので、命も悪ノリしておちょくる。
「そうなのか。ならば巨乳ワンチャンあるかな?」
エアハルトは命の大きな胸に視線を移して、光の神子の胸のサイズに期待する。それに気付いたトキワはおやつに食べていたナッツの殻をエアハルトに投げつけた。
「残念でしたー。俺の母さんが平らだから光の神子も平らだよ。確かちーちゃんはばあちゃ……光の神子とお風呂入ったことあったよね?どうだった?」
うっかりばあちゃんと呼びそうになりつつ、トキワはエアハルトを落胆させるよう仕向けた。
「えー、昔のこと過ぎて覚えてないよ。そもそも畏れ多くて見れなかった気が……」
「ちーちゃん思い出して!些細なことでイイから!大きさもだけど形や色も重要な情報だよ?」
必死に最低なことをきいてくるエアハルトに命はナッツの殻を投げつけた。そしてトキワも再びちーちゃんと気安く呼ぶなとナッツの殻を投げる。
「勇者様は光の神子が思ってた人と違ったら捨てるつもりですか?酷ーい」
非難する命にエアハルトは返す言葉もなく押し黙った。もし運命の相手である聖女がとんでもない醜女だった場合を全く考えていなかったのだ。
「否!あの心の籠もった温かい手紙を書くような女性が醜いわけがない。彼女は清らかで初なはずだ!」
夢から覚めないエアハルトに最早付ける薬は無さそうだ。トキワは先程の魔物について思うことがあったので話題を変える事にした。
「そういえばさっきの魔物達は滅多に生息地の森から馬車が通る道に出てこない奴らなんだけど、魔王が近くにいるの?」
もしそうならば命から片時も離れられないと思い、トキワは魔王の気配を探れるエアハルトに確認する。
「じつを言うと、昨夜まで港町に魔王の気配があった。被害者は今のところ確認されていない。だから先程のイービルウッドとイービルプラントはその余波だと考えていいだろう」
先程のだらしない顔から一転してエアハルトは真面目な顔で質問に答える。魔王という言葉に命がトキワの外套を握りしめると、トキワは優しく彼女の頭を撫でる。
「半年程前にギルドに報告された有力情報のおかげで、被害に遭う女性はグンと減った。まあそれでも純粋に魔王と恋に落ちてしまった女性を止める術は無い。くっ、あんなチャラい奴の何処がいいんだ!?」
命は魔王の言った条件についてギルドに報告をしていた。現在混乱を防ぐために魔王の容姿については秘匿されているので、合言葉のように魔王の容姿の特徴を記載した上で情報を封書で提供すると、匿名の有力情報として記録されるのだった。
「我々一般市民のためにもさっさと倒してね。勇者様」
「ああ、僕と絆の愛の力で必ずや魔王を倒してみせる!」
トキワの頼みにエアハルトは力強い眼差しで魔王討伐を誓った。
「いやしかし待てよ。まさか魔王は俺が絆と一緒になるのを阻止するために水鏡族の村に先回りしてるんじゃないか?」
エアハルトの推理に命とトキワは無表情で首を振ったが、エアハルトは気づかない。
「絆の貞操が危ない!急ごう!」
馬車の速度がもどかしくてエアハルトが馬車から出ようとしたので、入り口付近にいたハジメは必死に止めた。
「大丈夫ですよ。光の神子は神殿の最深部にいるし、神殿には腕自慢の戦士や魔力が高い銀髪持ちの神子達が勢揃いなので、流石に魔王でも簡単には辿り着けませんよ。そもそも光の神子も強いし」
命は神殿の強固さを説明すると、エアハルトも納得し席に着いた。
「そうだな。僕の聖女が魔王に屈する訳がないよな。すまない取り乱して」
「いいえ、ただ魔王の気配がしたら必ず教えてくださいね」
魔王と勇者が戦闘になったら村の人間は避難しなくてはならないので、命はエアハルトに念を押した。
「任せておけ。魔王がいた場合は必ずや俺と絆で倒してみせる!その暁には……ムフフ、俺と絆の結婚式だな!トキワくんたちも式に招待してあげるからね!」
既に光の神子と結婚する気満々のエアハルトにトキワは間もなく起きるであろう悲劇を想像して、笑いを堪えるのに必死になり、思わず命に抱きついて顔を隠した。