194最愛5
「勇者様、魔物から我々をお助けして」
馬車のドアを開けてトキワは勇者達に外へ出るよう促した。命も気になったので外に出た。
「あれは……イービルウッドか。随分と大きな個体だな」
巨大な樹木の形をした魔物、イービルウッドは既にこちらに気付いた様子で枝状の触手を伸ばし、神官が築いた結界を壊そうとしている。
「これは倒すのに中々骨が折れそうだ。トキワくんも手伝ってくれるよね?」
「すみません、じつは武器を家に忘れてきちゃって戦えません」
「ちょい!ふざけないで?僕知ってるよ!水鏡族はそのピアスが武器に変わるんでしょ?」
深刻そうに謝るトキワにエアハルトは騙されることなく指摘した。
「えーでも安全な場所から勇者様達がカッコよく戦っている所が見たいな」
「もう!僕だって君の成長が見たいのに……仕方ないなー。みんな行くぞ!」
完全にやる気が無いトキワにエアハルトは諦めて自分と仲間たちの防具と武器を小箱から取り出すと、それぞれ装備した。
そして準備が完了したと同時に神官が張っていた結界は壊されてしまい、イービルウッドの触手がエアハルト達に襲い掛かるが、ハジメの一閃で斬り落とされた。それを合図にエアハルト達は果敢にイービルウッドに挑む。
「流石だな。動きに全く隙がない」
真剣な表情でトキワはエアハルトの動きを目で追った。命も同様にテリーの弓捌きから何か得られるものはないかと必死に観察していた。神官は新たに結界を張って馬達を守っていた。
「えっ……」
不意に命の体に無数の蔦が絡み付いて引き寄せられてしまった。どうやら背後に植物型の魔物であるイービルプラントが隠れていたようだ。エアハルト達の戦いに釘付けになっていたため、命たちは気付けなかったのだ。
「ちーちゃんっ!」
トキワは外套を脱ぎ捨てて急ぎ水晶から両手剣を作り出して構えると、イービルプラントに斬りかかろうとした。しかし卑劣にも命を盾にされて手が出せなかった。
命は水刃を発して蔦を切り落とすが、直ぐに次の蔦によって再び捕われの身となる。これの繰り返しとなると、敵の蔦を全部切るのが先か、命の魔力が切れるのが先か咄嗟に判断はつかなかった。しかし悩んでいるうちに別の蔦が命のワンピースの袖を引き裂いた。
「まさかこの魔物、人を食べたことがあるの!?」
イービルプラントが肉食だということは命もぼんやりと覚えていたが、服が異物だと分かっているということは人食を経験していると推測される。
「だろうね。しかもちーちゃんを狙ったということは女性が好物なんだろうね」
つまり好き嫌いがあるほど食べて来たという証拠になる。命はパニックになりそうな自分を必死に抑え込んで倒す方法を考える。
「一番隙があるのは食べられる瞬間だと思うけど、それじゃヤダ……うっ」
作戦会議をさせまいと蔦が命の口を塞いだ。口の中の異物感に命は涙を浮かべた。噛み切ろうとすると、喉の奥まで侵入しようとするので、抵抗を止めてこれ以上行かない様に歯を立てず必死に押さえる。
「いい加減にしろよ」
頭の中で命を傷つけないように複雑な術式を展開させたトキワはイービルプラントに真空波をぶつけた。イービルプラントは命を盾にしたが、真空波は彼女を避けて蔦の根元に狙いを定めて切り落とした。
「もう大丈夫だから」
「ありがとう……」
蔦から命を救い出したトキワは両手剣を構えた。隣で命も右耳のピアスに触れて弓を象り構えた。
「一気に本体を潰すからちーちゃんはフォローして」
「うん」
トキワがイービルプラントの本体を狙い走り出すと、残りの蔦達が襲い掛かってきたが、命が放った水の矢が複数に分かれてそれぞれの蔦を射落とした。トキワは残った蔦を切り落としながら本体に近づくと、攻撃範囲内に捉えた。
イービルプラントの本体は口を大きく開けて鋭い牙と長い舌で捕食を試みたが、真空波を纏ったトキワの両手剣が口内に突き刺さったことにより、断末魔を上げた。そしてトキワが両手剣を引き抜き一気にイービルプラントを両断して戦闘不能状態に持ち込んだ。仕上げに魔核を探したが、残りの蔦を片付けていた命の矢が最後の一本の蔦を射抜くと、魔核に当たり、イービルプラントは消滅した。
「はあ、よかったぁ」
もう魔力に余裕が無かった命は地面にへたり込み、無事魔物を撃退出来たことに安堵した。トキワは脱いだ外套を拾って命に着せ横抱きしてから、神官の近くまで移動すると、馬車の周囲に強力な結界を張った。
「お二方ともご無事で何よりです!」
「ありがとう、あとごめん。最初からこうしておけば良かった。勇者に気を取られて忘れてたよ」
トキワは神官に対して謝ると、戦いを続けている勇者に視線を移した。
「勇者様達は何をモタモタしてるの?」
「はい、じつはイービルウッドが五体ほどいたようで、今最後の一体を討伐しているところです」
神官が勇者達の状況を説明すると、命とトキワは目を丸くした。
「イービルプラントはもういないよね?」
恐る恐る命は背後を振り返ったが、魔物の姿は見当たらなかった。
「まあ出てきても結界があるから、さっきよりは楽に倒せるよ」
「どちらにせよもう出てこないことを願うばかりだよ。それにしてもさっきのトキワの魔術凄かったね。なんで私を避けることが出来たの?」
敵と味方を見分けて攻撃する高等な魔術を命はこれまでに一度も見たことが無かったので、感心した。
「色々面倒くさい術式だけど、根底には俺がちーちゃんを傷つけることなんて絶対無いと信じて制御しただけだよ。ちーちゃんじゃなかったら失敗してたかもね」
「流石風の神子代行!愛の力ですねー」
神官はトキワに尊敬の眼差しを向けて讃えた。愛の力と言われて悪い気がしないトキワは上機嫌だ。
そして命とトキワ、そして神官は遠くから勇者達の奮闘を実況と解説を交えながら楽しく観戦した。