192最愛3
勇者の魔術により性別を女性に変えられたトキワは怒りに震えつつ、体が小さくなったためぶかぶかになった服の袖と裾をまくり上げて、ズボンの腰紐をキツく縛り上げた。
「いやーなかなか可愛いじゃないか!小柄でつるぺたなのも、それはそれでポイント高いよ!」
エアハルトからすると小柄な美少女がぷんすかしているだけだったので、鼻の下を盛大に伸ばしていた。
「そうだちーちゃん!ちーちゃんは大丈夫っ!?」
先程から不自然に静かな命をトキワが見やると、そこには長い灰髪を持つ長身の青年が愕然とした表情で破れた女性物の服を身に纏っていた。
「彼女はなかなか凛々しくてハンサムじゃないか!ていうかデカいな!」
どうやらエアハルトの魔術は女体化では無く性転換の魔術だったようだ。衝撃のあまり声が出ない命にトキワは寄り添いエアハルトに非難の目を向けた。
「早く元の姿に戻せ!」
「案ずるな三時間ほどで元に戻る。それまで異性の体を研究してみたらどうだ?僕はこれで女を知ったのさ」
先輩風を吹かせるエアハルトにトキワは怒りを募らせたが、今は命の方が心配だったので無視をした。
「ちーちゃん大丈夫?気を確かにして!」
俯いている命の顔をトキワは覗き込んで心配する。
「あ、すっごい美少女だ……」
ようやく発した命の声は低く、どこか聞き覚えがあるとトキワは思った。
「この声、お父さんの声に似ている……」
「そうだ、若めだけど熊先生の声だ!」
今は亡き父と声が似ていると気付いた命は涙ぐんだ。
「トキワの声はトキワのお母さんに似てるね」
「それは、まあちょっと思った。背が低いのと、この辺りも似てるかな」
自分の平らな胸を撫でながらトキワは苦笑する。
「旭ちゃんが大きくなったらこんな感じなのかもね」
「今どんな顔になってるか分からないけど多分そうだろうね。しかしちーちゃん、カッコいいね。もしその姿で巡り会っても絶対一目惚れしちゃうよ」
トキワは顔を上げた命を見て口角を上げるが、命は眉を下げて困った顔をした。
「俺が男でも女でもどんな性別のちーちゃんも好きになる自信がある!でもまあ俺は男でよかったよ。この姿だと戦いづらそうだしね」
身長も低く手足も短く筋肉量も少ない少女の姿では魔術は問題ないが、体術と剣術で引けを取るのは目に見えているとトキワは考えていた。
「私は……どうだろう。強くなりたいと思ってたけど、ここまで大きいと苦労しそうだから女でいいや。これ身長二百センチは超えてるよね?」
命の問いかけにトキワは迷わず頷いたので命は項垂れた。そして現在の服の状態に気付いて悲鳴を上げた。
「酷い、この服高かったのに。下着も伸びきっちゃっている」
生地から裂けたワンピースに伝線したタイツ。下着も千切れたり伸びきったりしていた。胸用の下着については締め付けが強かったので、命は服の上からホックを外した。幸い靴は脱げてしまっただけなので無傷だった。トキワは慌てて脱いでいた外套を命の前を隠すように掛けた。
「おじさん、この家個室ある?しばらくちーちゃんをそこに匿って欲しいんだけど」
既に土下座をしていたジョーゼフにトキワが話しかけると、ジョーゼフは急ぎ客室に案内してくれた。
「今からちーちゃんの着替えを買ってくるね。元に戻るまでには帰ってくるからそれまでここで待ってて」
エアハルトは三時間ほどで元に戻ると言っていた。もし着替えがない状態で命が元の姿に戻ったら、大変なことになってしまうと危機感を覚えたトキワは急ぎ彼女の着替えを買いに行くことにした。
「でもサイズが……仕方ないか、メモする。買ったら細かく破り捨てて」
服と下着のサイズを知られることが恥ずかしい命は葛藤したが意を決してメモを渡すことにした。
「知ってるから大丈夫。じゃあ行ってくるね。内鍵かけておいて」
サラリと命の服と下着のサイズを知っていると告げると、トキワは部屋を出て行った。
「あの時見たな……?」
命はいつ知られたか大体予測すると羞恥で頭を両手で抱えるのだった。
「バカ勇者お金ちょうだい!」
リビングに戻るなり、トキワはエアハルトにお金を強請った。エアハルトは不服そうだったが、トキワが胸ぐらを掴んで睨みを利かせてきたので、大人しく言い値を手渡した。
「じゃあお兄さんたち、勇者がちーちゃんに近寄らないように拘束して」
次にトキワはテリー達にエアハルトを拘束してもらった。各所で問題を起こしているのか、彼らの手つきは慣れていた。目隠しをして自由を奪われたエアハルトを確認してから、トキワは命の着替えを買いに町に繰り出した。
女性物の店にトキワはショーウィンドウで服を見て、直感で入り何軒かはしごすると、最後に以前命から一緒に入れてもらえなかった下着屋に、今は女なので難なく入店した。服屋でも言われたが、あまりにも自分とサイズが違うものを買おうとしたので店員に心配されたが、トキワが恋人へのプレゼントだというと察してくれた。
着替えは一着分で充分なのに、トキワは命に着せたいと思った服と下着をエアハルトから奪ったお金ギリギリいっぱいを使い購入すると、ご機嫌で命の待つ部屋へと戻った。
「お待たせー」
両手に大量のショッピングバッグを下げたトキワの姿に命はギョッとした。
「どうしたの?そんなにいっぱい」
「いやーちーちゃんに着せたいのが沢山あって目移りしちゃったー!あ、お金は勇者が出したから大丈夫だよ!」
嬉々としながらトキワは時計を横目に見た。
「そろそろ元に戻りそうだね。準備をしておくか」
トキワは捲り上げていた袖や裾を元に戻して腰の紐を緩めると服を脱いでパンツ一枚の姿になった。
「ちょっと、一応今女の子なんだから恥じらいを持ってよ」
命はトキワを見ないように目を背けて近場にあったシーツを投げつけた。仕方なくトキワはシーツを身体に巻きつけると、買って来た戦利品を開封し始めた。
「見て見て!この服可愛いでしょ?絶対ちーちゃんに似合うよ!」
次々とトキワは買って来た服と下着を披露した。どれも命なら絶対選ばないフリルがたっぷりの可愛いデザインや身体のラインがぴったりと出るデザインだったので、命は目を剥いた。最後にどう考えても今着る状況じゃないレースがあしらわれた透け素材のピンクのベビードールとショーツのセットをトキワが手にしたところで、お互いの身体が光に包まれて元の姿に戻った。
「あ、戻ったね。早速これ着てみる?」
陽気に尋ねるトキワに命は手近にあった枕を投げつけた。
「出て行け!」
超絶不機嫌に怒鳴る命にトキワはベビードールを着てもらうのを諦めて、自分の服を手に取ると大人しく部屋から出て行った。