191最愛2
港町に辿り着いたと馭者で顔見知りの風の神子直轄の男性神官からノックされたので、命は慌てて身なりを整えた。そしてトキワに抱き上げてもらって馬車から下ろしてもらうと、勇者達との待ち合わせ場所へと向かった。勇者が指定したのは町外れの黒い屋根の小さな住宅で、彼の仮住まいの一つらしい。
トキワは事前に知らされていた偽名の表札を確認して、呼び鈴を鳴らした。すると家の中からバタバタと足跡が聞こえてドアが開かれた。
「ああ、待ち遠しかったぞトキワきゅん!」
「うわ気持ち悪っ……」
出迎えてきた勇者エアハルトは感動のあまりトキワに抱きついて一方的に熱い抱擁をしてきた。
「しばらく見ない内にイイ男になったじゃないか!背も伸びたし体も逞しくなっている!うん、中々の大臀筋だ!」
「死ね!」
体を撫で回してくるエアハルトにトキワは耐え切れず、突き飛ばした。早くも暴言と暴力を振るってしまったが、トキワは後悔しなかった。
「すまない、感動の再会と君の成長が嬉しくてつい……おや、彼女たんも一緒なんだね。更に可愛くなったじゃないか!相変わらずおっぱい大きいね!」
エアハルトは命を上から下へ舐めるように見てからだらしのない笑顔を浮かべたが、以前のような挙動不審さは無かった。それでもトキワは命を庇うように彼女の腰を抱いた。
「外は冷えていただろう?ひとまずここで身体を温めてから水鏡族の村へ行こう 」
思いの外気持ちに余裕があるようで、エアハルトが暖炉のあるリビングへと勧めた。長時間の馬車移動で命の身体が冷えていたので、トキワは大人しく部屋で休むことにした。リビングにはエアハルトの旅の仲間でお馴染みの中年魔術師のジョーゼフ、大男で刀使いのハジメ、細身の弓使いのテリーも揃っていた。命とトキワは顔見知りなので、最低限の挨拶を交わしてから、促されるままにソファに肩を並べて座った。
「僕のお手製ホットココアだ。温まるぞ」
しばらくしてフリルのエプロンを着たエアハルトが二人にとホットココアを持ってきて、ソファの前にあるローテーブルに置いた。命とトキワはホットココアを思わず生ゴミを見るような目で見つめた。
「何か変な物入ってそうだから飲みたくない」
エアハルトが作ったと聞いてトキワが率直な感想を述べると、命も遠慮がちに頷いた。
「失敬な!上質なココアパウダーと砂糖、そして新鮮なミルクと隠し味の塩で作った僕の最高傑作だぞ!あ、ミルクは牛のミルクだから心配しないで!ね?」
必死に説明するエアハルトの姿に命とトキワは益々は不信感を募らせたが、トキワが舌打ちしてココアを一口飲んでから、変な味がしないのを確認すると、命にマグカップを手渡して、もう一つのココアの入ったマグカップを手に取り口にした。
「今のもしかして毒見!?いやマジで変なの入れてないから!ていうかなに間接キスを見せつけてるの?相変わらずラブラブ過ぎるだろうが爆発しろ!」
情緒不安定気味なエアハルトを無視して、命とトキワは暖を取りながら謝ってくるジョーゼフを宥めた。
「えーと、この度は我が水鏡族の村にお越し頂けるということなので、私風の神子代行が光の神子より命を受け神殿を代表してお迎えに馳せ参じました」
トキワはズボンのポケットから紙を取り出して、抑揚のない声で読み上げてから、紙を暖炉に投げ捨てた。
「心がこもっていない上にカンペかよ!」
「いやー緊張して忘れちゃいけないから、補佐の神官に用意してもらったんだよね。あー、ちゃんと言えてよかったー」
わざとらしく胸を押さえて緊張してた体を装うトキワにエアハルトは突っ込まざるを得なかった。
「それにしても落ち着きが無いのは相変わらずだけど、勇者様もしかして女性に耐性が付きました?私と目が合っても平気みたい」
ちびちびとホットココアを飲みながら命はエアハルトが前回会った時に比べて腑抜けにならない点を指摘した。するとエアハルトは良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張った。
「確かに以前の僕は女性と目を合わすことも出来なかったが、運命の乙女に会うために克服したのだ!」
「どうやって?」
命の問いにエアハルトは意味深な表情で一つ笑った。
「僕は女を知ったんだよ」
「え、気持ち悪い……」
エアハルトの発言に命はホットココアが入ったマグカップをローテーブルに置いてから遠ざけると、バッグからハンカチを出して口を覆った。
「い、いやその、性的な意味じゃ無いよ?僕はまだ純潔だから!」
言い訳をするエアハルトに命は益々汚物を見るような目をするので、更にエアハルトは焦った。
「ああ、説明するより実証したほうがいいな。おふたりさん、ちょっと貴重品……アクセサリーを外してもらえるかな?指輪と彼女はネックレスも!」
「は?絶対嫌なんだけど」
「大丈夫悪いようにはしないから、僕を信じてくれ!」
これまで愚かな行為はしてきたが、今のところ悪意のあることは一応してないとトキワは記憶をたどり、渋々と自分と命の指輪とペンダントを外し、小さな皮袋にまとめて入れて命の化粧ポーチの中に仕舞い込んだ。
「それではご覧あれ!勇者の奇跡の力を!」
エアハルトは右手を命とトキワにかざすと二人は眩しい光に包まれたので目を閉じた。しばらくして光が消えて目を開けるとそれぞれ身体に違和感を感じた。
「は?何これっ!!」
トキワは身体の異変と自らが発した高い声に目を見張った。
「フ、僕は女性慣れるために自ら女性になる魔術を取得したのだ!どうだおんにゃのこになった気分は!?」
ダメ押しのエアハルトの一言に可憐な少女に姿を変えたトキワは思わず暴言を吐いた。
「死ね!」