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親愛なる絆へ



 温かい手紙をありがとう。いつも励みになっています。ついに貴女を迎えに行く準備が整いました。必ずや僕が神殿という名の鳥籠から、君を救い出してみせるよ。

 君にとって外の世界は未知なる存在で恐いかもしれない。でも僕を信じて僕の手を取って欲しい。必ず君を幸せにするよ。待っててね。愛してる。


          

               勇者エアハルトより



 ***



 今年も残すところあとわずか、雪がちらつくようになった水鏡族の村に、勇者エアハルトご一行の神殿訪問が回覧板で報されると、瞬く間に村の話題を独占した。


「トキワが勇者様達を港町まで迎えに行くんだよね?私も一緒に行ってもいい?」


 いつもの仕事終わりの夕方、仕事着の上からコートを羽織った命は診療所の前のベンチに座るトキワの隣に座ると、興味津々にお願いした。


「駄目に決まってるでしょ。あんな性犯罪者、ばあちゃんの頼みじゃなかったら顔も見たくないよ」


 苦々しくトキワはエアハルトに毒を吐く。彼の武勇については憧れと尊敬の念を抱いていたが、それ以外については嫌悪以外の何者でもなかった。


「でも何で勇者様達は水鏡族の村の、しかも神殿に来るの?まさか水鏡族から新しい仲間を選出するのかな?」


 エアハルトがトキワを旅の仲間として勧誘していたことを知っている命は、勇者がトキワを諦めて他の優秀な水鏡族を仲間にするつもりなのかと推理したが、トキワは複雑そうな表情を浮かべた。


「ある意味正解なんだけどさ、あのバカなんか勘違いしちゃっててさ、俺のばあちゃん……光の神子に惚れているらしい」

「はあ!?」


 予想だにしていなかったトキワの言葉に命は目を丸くして思わず声を上げた。光の神子はトキワの祖母で高齢なので、命の一歳上のエアハルトが恋をするには余りにも歳が離れていた。


「まあ俺にも非があるんだけど、俺に届いた勇者からの手紙で勇者が光の神子は聖女だから自分に相応しい女性だとかほざいていたから、訂正しないでそのままばあちゃんに勇者の手紙を見せたら、いつの間にか二人で仲良く文通を続けていたらしい」


 普通ならこれは勇者と聖女の純愛物語として語り継がれることになるが、聖女の正体は既婚者な上、おまけに十七歳の孫がいる高齢の女性なので、この先は勇者にとって悲劇でしかないだろう。


「勇者からの手紙を読ませてもらったけど、勇者様ったら全然気づかないまますっかりばあちゃんに入れ込んでいて、今度村に来るのもばあちゃんを迎えに行くためらしいよ」

「うわー……」

「一応ばあちゃんには勇者様がばあちゃんを若い女の子だと勘違いしていると指摘したんだけど、魔王討伐を志す勇者に対して激励の手紙は送っていたが、期待を持たせるような内容の手紙は書いていない。向こうが勝手に勘違いしているだけだと開き直っていた」


 光の神子が言っていることは事実だろう。彼女は水鏡族を代表するものとして、礼節のある激励を綴ったに違いない。そして勇者の勘違いを知っていながら彼らが来るのを歓迎するのは神殿のイメージアップ作戦の一つだろう。


「トキワのおばあちゃんにこんなこと言うのも失礼だけど、光の神子ってなかなかの策士だよね」

「俺もそう思う。じゃなきゃこうして今風の神子代行なんてやっていない」


 光の神子は風の神子と共謀して命にお願いさせる形でトキワに風の神子代行をさせたが、もしあの作戦が失敗していたら恐らく彼女は命を人質に取っていただろうと、トキワは推測していた。


「……やっぱりちーちゃんにもついて来てもらおうかな。俺一人だと、勇者を抹殺してしまいそうだから、ストッパーになって」


 トキワは甘えるように命に抱きつくと、物騒な言葉を口にした。命もなんだか心配になってきたので彼の要望を受け入れることにした。



 ***



 そして勇者襲来当日、命とトキワは神殿が用意した送迎の馬車に揺られながら港町を目指していた。トキワはいつもの銀の波型のブローチを着けたフード付きの外套の下に、一応神殿の人間として、勇者達を迎えに行くために正装の民族衣装を着ていた。


 一方で命は先日の友人の結婚式で着た、後ろで結ぶリボンが可愛いモノトーンのチェック柄で、襟はVネックに膝下丈の長袖ワンピースを身にまとい、焦げ茶色のタイツに黒いフラットシューズを履いていた。艶やかな灰色の髪の毛には黒のヘアバンドをして、首にはエメラルドと銀の天然石のペンダントが光っている。

 そして二人の右手の薬指にはプラチナの指輪が輝いていた。


 神殿の馬車は乗り合い馬車の様な幌馬車とは違い、黒一色で窓は付いてあるものの、カーテンで遮ると外部から中の様子を見られないコンテナの様な作りで十人乗りになっている。そうなると重量があるので、馬への負担を減らすために、毎回魔石を所定の場所に取り付けて、軽量化しているらしい。


「ヤバい、ちーちゃん可愛すぎる……」


 そんな馬車の機能を悪用して二人きりだけなのをいいことに、トキワは先程からずっと命の腰を抱いて、彼女のコーディネートを褒めながらキスの雨を降らせていた。


「ちょっと、お仕事中にこんな事したら駄目っ、んっ……」


 トキワが非難する命の唇を塞ぐように口付けると、冷えた客車の中でも身体に熱を帯びるのを感じた。


「はあ、ちーちゃんとイチャつくのは俺の心の平穏のために必要な行為だから仕事の内だよ。あの偉大なる勇者様ご一行をもてなす重要な責務を神殿を、水鏡族を代表して出迎えるなんて、本当今にもプレッシャーで押し潰されそうだよ」


 命と睦み合う理由としてもっともらしい言い訳をして、トキワは今度は命の胸に顔を埋めて、柔らかさと匂いを楽しみ始める。


「まあ何ていうか、お互い勇者様を殴らないように気を付けなきゃね」


 命はこれから先起こり得ることを想像して、苦笑しながら甘えるトキワの髪を優しく何度も撫でてあげるのだった。




 


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