19燃えるお母さん1
精霊祭が終わり季節は移り行き、紅葉した木々はちらほら散り始めていた。
長閑な休日、命は診療所の前の落ち葉を箒で掃き集めていたが、掃いても掃いても落ち葉が降り続けなかなかケリがつかない。
「あ、良いこと思いついた」
箒をイチョウの木に立てかけてから、命は近くの空き地でトキワの修行を見ているレイトを呼びに行った。
「お義兄さーん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「おうどうした?」
「魔術で落ち葉集めてくれませんかー?」
レイトは祈と結婚、融合分裂の永久で水属性の魔術も操るが、元々は風属性の魔術を操る。
戦闘以外で使用する魔術は基本家庭魔術で多用され、レイトはよく家族の風呂上がりで濡れた髪の毛を優しく乾かしてくれる。それを活かして落ち葉を一掃してもらおう。命はそう考えていた。
「かまわないが……そうだ、トキワにやらせてもいいか?こいつ魔力が強いせいかコントロールが下手くそなんだ。勉強させてくれ」
「落ち葉が片付くなら誰がやっても問題ないですけど。ちなみにトキワはこれ何やってるの?」
だいぶ言い含めたのか、修行中に命が近くにいても手を止めなくなったトキワは俊敏に動き回っていた。
「落ち葉が地面に着く前に拾わせてるんだ。命ちゃんもやってみる?」
「今日はスカートで動きにくいからやめておきます」
命も最近はトキワの影響で気が向いたらレイトから指導を受けている。ただし少し控えめにお願いしている。
「あれどの位やってます?」
「ニ時間」
「うわーよく集中力途切れないなー」
いくら身体能力が優れた部族とはいえ、よくも飽きずに続けられるなと命は半ば感心した。
「ま、合格点だな。よしトキワー!休憩!」
レイトの号令でトキワの動きは止まり、その場にへたり込むと息を荒げ肩で呼吸する。
「お疲れ様」
命はトキワを労い、 近くに置かれていた水筒とタオルを持って行ってやる。ちょっとした親切だったがトキワは幸せで破顔した。
「ちー…ちゃん…今日は…はぁ…スカートなん…だね…可愛…い…すご…く…似合っ…ている…はぁ…」
まだ息が整っていないにも関わらず服装を褒めてくるトキワに命は呆れてしまう。
「ありがとう、はいお茶」
水筒の蓋を開けて差し出すと、トキワは一気に飲み干してから大きく息を吐いて整えた。
「すごいよ、いつもと同じお茶なのにちーちゃんがくれただけでいつもよりずっとおいしい!」
「いやいやいや、ニ時間も動き回ってたらいつもより美味しいのは当たり前でしょ」
ぱあっと笑顔を浮かべるトキワに命は思わずツッコミを入れて目に入りそうになっている汗を拭ってあげる。
あれからトキワとの関係に変化はないが、命を気遣ってか、桜を始めとする家族が囃立てることが無く見守る形になってから、命は自然な態度で接する事が出来る様になっていた。
「休憩終わりー!落ち葉掃除始めるぞー!」
短い休憩後、診療所前に移動する。命が手を休めている間にまた落ち葉が溜まり始めていた。
「手本を見せるからよく見ておけ。落ち葉を集めるような風の動きをイメージしてから発動させる…!」
基本水鏡族の魔術は無詠唱だ。レイトは手を伸ばすとその先に風が生まれ落ち葉を優しく集めたが、その後すぐ風で散らした。トキワの実践のためだ。
「じゃあやってもらおう。間違ってもうちと診療所壊すなよ?」
物騒なレイトの注意に命は万が一に備え水のシールドを貼れるよう頭で術式を浮かべた。
トキワは胸を押さえ気持ちを落ち着かせると、先程のレイトの手本を思い浮かべて魔術を発動させた。
しかしトキワの作った風はつむじ風となり落ち葉を巻き込んだ。
「おわーっ!バカヤロー!!」
「え!何これ…きゃっ…!!」
「ちーちゃん!!」
命の短い悲鳴にトキワは彼女に視線を移すとスカートが捲れ上がってしまっていたため慌てて顔を逸らし赤面した。
「止めろ!止めろ!」
風に負けない位大きく叫ぶレイトの声が聞こえたトキワは急ぎ魔術を解いた。
結果は言うまでもなく大失敗だ。建物に損傷は無かったが、イチョウの木を巻き込んだため、木についていた葉はもれなく落ちて、地面にたんまりと落ち葉が追加された。