189爪に火を灯せ7
必ず自宅に帰り両親と仲直りする事を条件に命はトキワと一緒に家路についていた。
「家に着いたら残りの借金をこれで全部返すね」
重いからとトキワに持ってもらった金貨が詰まった箱を指して命は借金完済宣言をした。
「これでちーちゃんも副業しなくて済むね」
「え、なんで知ってるの?」
借金返済の為に命が副業をしていることはトキワに内緒にしていたはずだ。しかしよく考えたら彼は一角獣の角の謝礼について会議に出席していたので、そこでバレてしまったのだろうと命は推測した。
「会議で知ったのもあるけど、せっかく二人っきりになったのに途中で爆睡されたら何かやってるなって流石に勘ぐるよ」
「……黙っててごめんなさい」
謝る命の頭をトキワは優しく撫でて許すことにする。
「ちなみにバニーガールはやってないよね?」
「確かにあの酒場でアルバイトしてるけど、料理の仕込みと盛り付け係だけで一度たりともバニーガールとして働いてません。信じてくれる?」
真剣な表情で潔白を主張する命の頬にトキワは短く口付けると信じると返事をして歩き出した。
「とりあえず俺も来週の精霊祭まで通常営業になったから、再来週位にリフォームしたペンダントと指輪を取りに行こうか?」
「そっか、もう三ヶ月以上経つから出来てるよね。じゃあ久しぶりにデートだね」
嬉しそうに命はトキワの腕に抱きついて笑った。
「お泊まりデート希望!」
サプライズはするなと叱られた経験からトキワは早めに要望を口にする。命は少し困った様に考え込むが、恥ずかしそうに頷いて許可した。
「よっし!これで退屈な精霊祭も乗り切れる!」
風の神子代行の仕事に対する士気が上がったトキワは命を家まで送ると、残りの返済の金貨を受け取ってから大人しく自宅に帰って両親と旭の将来について話し合った。
その結果、旭が自分で意思表示が出来るようになるまでは風の神子にさせるような小細工をしないということで決着がついて仲直りとなった。
***
そして精霊祭が終わった次の週、命とトキワはペンダントのリフォームと指輪のフルオーダーを請け負ってくれた店にいた。まずはリフォームしたペンダントを見せてもらう。
「わあ、素敵……」
丁寧に磨かれてカットされたエメラルドに丸く研磨した銀の天然石がサイドに配置されたペンダントトップに命は目を輝かせた。トキワはペンダントを手に取ると命の首に取り付けた。
「似合ってるよ」
「ありがとう」
お互いニコニコし合う命とトキワを横目に職人はいい仕事をしたと穏やかに微笑んだ。
続いて職人は完成した結婚指輪を持ってきた。二人で選んだシンプルなデザインのプラチナ製の指輪が仲良く並んで輝いていた。
「まだ結婚の日取りが決まっていないとのことだったから日付の刻印は決まり次第後日行う形になるよ。とりあえず試着してみて」
職人の指示で命は自分の指輪を手に取ると、照明に照らして輝きとデザインを楽しんでから左手の薬指に嵌めた。
「ピッタリです。あー太らないようにしなきゃなー……どうしたのトキワ、変な顔して?」
指輪を嵌めた命の姿にトキワは仏頂面をして彼女の指から指輪を外した。
「こういうのはお互い嵌め合うものでしょ?」
「そうかも、ごめん」
トキワは改めて命の左手の薬指に指輪を嵌めると、自分の指輪を彼女に渡して左手を差し出した。命は要望通りにトキワの左手の薬指にも指輪を嵌めてあげると、自分の左手を彼の左手の甲に重ねて幸せに浸った。
「サイズは問題無さそうだな。まあまだこれの出番はもう少し先だけど」
「港町の恋人達は結婚前は右手に嵌めて、結婚後に左手に嵌めるカップルも多いよ。左右でサイズが違う人は無理だけど」
職人の意見で命とトキワは試しに右手の薬指に嵌めたところサイズに問題が無さそうだったので、結婚するまでは右手に嵌める事にした。
商品に問題が無かったので支払いを済ませると、命とトキワは店を出た。昼食にはまだ早いので飲み物を買って海岸の石段に座る。
「指輪なんて嵌めたことないからソワソワする」
照れくさそうに指輪を眺める命をトキワは愛おし気に見つめて肩を抱いた。
「早く右手から左手に嵌めたいな。その為にもプロポーズだよね。ちーちゃんはどんなプロポーズがいい?二人で考えよう」
プロポーズを二人にとって大事な思い出にしたいと考えているトキワの気持ちが伝わり、命は心が温かくなる。
「まずは場所かな?どこがいいかな……トキワのお父さんとお母さんは神殿の中庭にあるバラ園で言ってたよね。そこもロマンティックだな」
指を組んで命はうっとりとした表情を浮かべる。一方でトキワは不満気に首を横に振った。
「あそこだと邪魔が入る確率が高いから却下。熊先生と光さんはどうだったか知っている?」
自分の両親の例が挙がったのでトキワは命の両親のエピソードもきいてみる。
「うん、私が去年アンドレアナム家からプレゼントしてもらった瑠璃色のドレスが家に届いた時にお母さんが話してくれた。そもそもあの習慣はお母さんがアンドレアナム家から離れる時に伯爵が二人をくっつけるラストチャンスとして考案したのが始まりで、みんなの前でスーツを着たお父さんがドレスアップしたお母さんに跪いてから、告白をすっ飛ばしてプロポーズしたんだって」
事実を知った命は伯爵とエミリアに送ってくれたドレスのお礼と、改めて両親の仲を取り持ってくれたことに感謝を込めて手紙を出したのだった。
「そっかーじゃあちーちゃんはあの時のドレスを着るのもいいなー。俺たちにとっても思い出深いし」
アンドレアナム家で行われた命の送別会の夜、命とトキワは正式に恋人同士になったので、トキワが提案すると命も中々着る機会がないのでいいかもしれないと快諾した。
「あと私達の間で身近な夫婦といえばお姉ちゃん達か。じつは私も当時その場に居合わせていたんだけど、喫茶店でお義兄さんが突然ポロっとプロポーズしたんだよね。あれには私もびっくりしたなー」
「うわー師匠ムード無さすぎー」
「うん、お姉ちゃんもトキワと似たようなこと言ったんだけど、妹の私が幸せ見届け人なのが最高だからってプロポーズを受けたの。そしたら喫茶店にいた人達みんなに祝福されて大盛り上がりだったな」
「祈さんは妹愛がブレないな……俺も見習わないと」
「お、トキワもようやく旭ちゃんの可愛さに気づいたの?」
「そうだね、大切にしないといけないなと思った。とりあえずあとでお土産におもちゃでも買いに行く。ちーちゃんも一緒に選んでね」
旭が風の神子になって貰うことをトキワは諦めていなかった。そのためにも妹と友好的な関係を築かなくてはならない。そんな打算に塗れていたが、命は思惑に気付かずに素直にようやく妹の素晴らしさに気付いたのかと頬を緩ませていた。
その日は話が脱線してしまい、プロポーズの計画についてはまとまらなかったが、それからも二人は話し合ったり、交換ノートに意見を書いたりして行き、いざ決行しようとなった頃には既に季節は移り変わり十二月になっていた。