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184爪に火を灯せ2

「よし、出来た!」


 疲労混じりの声と共に掲げられた布には、鮮やかな赤い花柄の刺繍が施されていた。


 これは港町にある命の行きつけの仕立て屋にて、命が仕事を探していると雑談で話したところ、刺繍の内職を紹介して貰った物だった。それ以降毎晩命は自室でランプの灯りを頼りに刺繍に勤しんでいた。


 最近手芸から遠退いていたが、始めて行くうちに勘を取り戻して、何とか期日内に仕様書通りの出来と数を完成させた。パチンとハサミで糸を切ってから命が時計を見ると、日付が変わりそうになったいたので慌てて片付けを始める。


 ここ最近命はトキワの多忙を活かし、彼からの借金を返済すべく金策に奔走している。明日の休日は早起きをして、仕立て屋に行って納品したら、昼はギルドで簡単な依頼を受けて小銭を稼ぎ、その後は酒場でアルバイトをしようと、命は頭の中で予定を組み立てて片付けを終えると、身体を伸ばしてからベッドに潜り込んで眠りに就いた。



 ***



 翌朝寝不足の体に鞭を打ち、命は動きやすい服装に着替え、母の光に行先と帰るのは明日になると告げてから、獣道を駆け降りた。最近は弓の訓練に通う回数も増えたため、腕を上げ、魔物達の魔核を確実に射抜く事が出来るようになり、魔力と体力を節約出来るようになった。


 一時間ほどで港町にたどり着くと、仕立て屋を訪ねて刺繍を納品した。出来について仕立て屋の女主人から合格を貰えて命は安堵すると次はギルドに向かった。現在命はDランクだが、時間がかからない依頼はEランクに集中していたため、経験値は諦めてEランクの薬草の採取任務を引き受けた。


 目的の薬草はここから三キロメートル離れた森の奥に自生している。出て来る魔物は大人しく、襲いかかって来ることは少ないが、命は十分に警戒しながら目的地へと進んだ。


「あった」


 木漏れ日が差し込む水辺に目的の薬草が生えているのを発見した命は早速必要な量だけ採取し袋に入れて、ギルドに戻ろうと踵を返すと、草を踏む音が聞こえてきた。


「嘘……」


 魔物かもしれない。命が警戒してナイフを構えて様子を窺うと、姿を現したのは一角獣だった。一角獣は絵本でしか見たことないが、その中ではドジな女の子を献身的に支える優しい生き物だった。しかし現実はそうとは限らない。


 一角獣は怯える命に一歩一歩近づくと、彼女の足元に伏せてチラチラと視線を送った。


「これは……撫でろってことかな?」


 命が地面が濡れていないのを確認してから座り、一角獣を優しく撫でると、一角獣は目を細めた。


「いい子だねー。よしよし」


 温かい毛並みを撫でれば、命は日々の疲れが癒されていく気がした。


 ふと命は一角獣の角に目が行った。一角獣の角は万病に効くと言われる伝説の薬の素材だ。これがあれば風の神子の病が治るかもしれない。命は息を呑んでからそっと一角獣の角を撫でた。もしこれを折ったら、一角獣は怒って襲いかかって来るだろう。そうしたら怪我だけでは済まない。


「あの、あなたの角を頂けませんか?」


 命が駄目もとでお願いすると、一角獣は起き上がり命の胸をツンツンと鼻先でつついた後にくるりと背を向け、大きな岩に向かって激突した。突然の行動に唖然とする命を気にすることなく、岩と激突したことで根元から折れてしまった角を咥えた一角獣はそれを命に差し出した。


「あ、ありがとう!痛かったでしょう?ごめんね」


 まさかお願いが伝わるとは思わなかった命は角を受け取り、感謝と共に一角獣に抱きついて、背中を撫でながら角の付け根から血が流れていたので、ポケットからハンカチを取り出して止血した。


「そろそろ行かなきゃ。今日は本当にありがとう」


 止血が済んだので、命はもう一度一角獣に抱きつきお礼を言ってから、森を後にした。一角獣は命の姿が見えなくなるまでじっと眺めていた。



 お昼過ぎにギルドに戻って命は薬草を納品すると、報酬を貰い銀行に預けてからアルバイト先の酒場へ向かった。


「お疲れ様です」

「お疲れ様!お昼食べた?まだならまかない食べて」

「ありがとうございます。いただきます」


 裏口から酒場に入り、命はオーナーの女性に挨拶をしてからまかないを食した。まかないを食べ終えてから、店のエプロンを付けて食器を片付けると、早速今夜の仕込みを始めた。


「手際が良いわね」

「ありがとうございます。以前メイドの仕事で料理の仕込みを手伝っていたんです」


 じゃがいもの皮を剥きながら命は昔取った杵柄を語る。


「でもあなたならバニーガールの方が向いていると思うんだけどね。今夜こそやってみない?」

「あはは、恋人に反対されているのでやめておきます。バレたら結婚の話が白紙になっちゃう」

「そうなの。白紙になるなら仕方ないわね」


 オーナーは大人しく引き下がるとシチューが入った鍋をかき混ぜた。


 開店一時間前になると、従業員の女性達が続々と出勤してバニーガールへと姿を変えた。


「命ー!よろしくね!」

「純姉ちゃん!よろしく」


 バニーガールの純が調理場に顔を出して命にハイタッチすると、ホールへと向かった。ミーティングが終わると酒場は開店して客が雪崩れ込む。


 それから命は閉店までてんてこ舞いでオーナーとシェフの指示に従い注文された料理の盛り付けに集中した。深夜になり酒場が閉店時間となり、命は従業員達と片付けをしてから、店の二階にある仮眠室を借りて一夜を明かした。

 

 朝が来て命は目を覚まし、オーナーから朝食をご馳走になってから昨日の日当を貰うと、店を出て仕立て屋へ向かい次の内職の材料を貰い、最後にギルドの銀行に寄って、今月トキワに払う分のお金を引き出すと、家路についた。


 




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