181番外編 とある末っ子の婿入り5
レイトと祈と出会ってから半年が過ぎた。祈がレイトとギルドで依頼を受けたり、部屋に押しかけて来たりするのがすっかり日常になっていたが、先週祈が自宅に帰ると行ってレイトの部屋を出て行ってから十日間音沙汰が無くなった。
気になりはしたが、またひょっこり顔を出すだろうとレイトはいつものようにギルドに行こうとしたら、部屋のドアをノックする音が聞こえた。祈かもしれないと返事をしてからレイトがドアを開けると、彼女の妹である命がいた。まさか部屋にやって来ると思わなかったレイトは目を丸くする。
「こんにちは、おにいさん。お姉ちゃんいますか?」
「いや、最近ここには来てないよ。というかよくここが分かったね」
「お姉ちゃんから港町で困ったことが起きたらおにいさんを訪ねなさいって部屋の住所と地図のメモを預かってたので……」
「そうか、まあいいや。それで祈がどうかしたのか?」
レイトが祈について尋ねると、命の不安そうな瞳から涙がこぼれた。
「一週間前からお姉ちゃんが帰ってこないんです。いつもは三日に一度は顔を見せるのに……だからおにいさんの所にいるかもしれないと思ってここに来ました」
つまり祈は一週間前から行方不明だという事実にレイトは血の気が引いた。そんな中、ふと命に目をやると左腕を怪我している事に気がついた。
「その怪我はどうした?」
「あ、これは早く港町に行きたくて獣道を通ったら油断しちゃって魔犬に噛まれました。一応水で流したから大丈夫です」
命は気まずそうに目を伏せて腕の傷を隠した。
「大丈夫じゃない。薬があるから手当てする。ちょっと上がって」
そう言ってレイトは命の手を取り部屋に上げると、ベッドに座らせて薬を塗ってから包帯を巻いた。
「まったく、可愛い妹に心配させて怪我までさせるなんて、祈の奴何やってんだ?」
祈の所在が分からない苛立ちにレイトはぼやいて頭を掻き毟った。
「あの、これからギルドに行ってお姉ちゃんの冒険者情報を開示してもらおうと思ってるんです。それで良ければおにいさんもついて来て貰えませんか?」
レイトと一緒にいないならばギルドの依頼を受けていると予想した命の申し出にレイトは了承すると、身支度をして命と部屋を出てギルドへ向かった。
***
「あらら珍しい組み合わせ!もしかしてレイちゃんたらお姉ちゃんから妹ちゃんに乗り換えたの?」
いつものように香水の臭いを漂わせながら受付嬢は下世話な憶測をした。
「アホ言うな。祈が行方不明だって命ちゃんが心配して村から降りて来たんだよ。だから祈の冒険者情報の開示を頼む」
「はいはい、冒険者情報の開示ね!じゃ、妹ちゃんギルドカードを見せてくれる?情報の開示は家族欄に書かれてる家族にしか提供出来ないのよー」
受付嬢の指示で命は真新しいギルドカードを手渡した。受付嬢は手早く祈の情報を見つけ出すと、写しを命に手渡した。後ろに受付待ちの冒険者がいたのでレイトと命はギルドの隅で祈の情報を確認した所、一週間前に護衛依頼を受けたきりになっていた。
「お姉ちゃん……」
心配そうに顔を俯かせる命の頭を撫でながらレイトは依頼の詳細を読んだ。護衛期間は三日間、無事護衛を終えてこちらに戻って来ているならば既に町に辿り着いていそうだが、何らかのアクシデントがあればその限りではない。
「依頼の計画通りの道を行けば会えるかもしれないが……状況に応じた複数のルートがあるからすれ違う可能性があるな。これはもう待つしかない」
もどかしさからレイトは舌打ちをした。祈は奔放な所があるが、ここまでルーズだとは思わなかった。こんな時彼女と夫婦だったら結婚の際交わす融合分裂の効果で生存と大体の居場所がわかるのにと悔やんだ。
「あらー、ちーちゃんとレイちゃん!二人ともどうしたの?」
背後からレイトと命を呼ぶ声が聞こえたので二人で振り返ると、祈が不思議そうに見つめていた。
「お姉ちゃんの馬鹿!なんで黙って一週間もいなくなるのよ!?」
命は泣きながら祈に抱きついて彼女の不在を責めた。
「ごっめーん!飛び入りで報酬がいい依頼があったからつい受けちゃって。ほら、もうすぐみーちゃんの誕生日だから奮発したくって。ていうかちーちゃんどうしたのその怪我!?」
軽い口調で謝り言い訳を述べつつも、命の腕の怪我に気がついた祈は血相を変えた。
「お前が行方不明になるから命ちゃんが慌てて村から降りて来た時に魔犬に噛まれたんだよ!」
命の怪我の原因をレイトが暴露すると祈は悲鳴を上げてから命に謝り後悔した。
「ちーちゃん、ごめんね……本当にごめんね」
祈は泣きながら命に縋り付いた。大事な妹の怪我はどんな言葉より祈を反省させた。周りに迷惑なのでギルドを出ると、祈と命が泣き止んでから一旦近くの喫茶店へ入る。祈が無事で安心したのか、命はプリンアラモードを食べて笑顔を浮かべた。その笑顔に祈とレイトもホッとした。
「なあ、祈……」
「なに?」
「俺たち結婚するか?」
突然のレイトからのプロポーズに祈はもちろん命も驚いてスプーンを床に落としてしまった。
「結婚したら、お互いの居場所も生存も分かって妹達を泣かせるのも減るんじゃねーの?」
結婚の利点を説明しつつも、今言うべきではなかったなとレイトは己の失態を恨んだ。
「……喫茶店で突然プロポーズするとか、本当にレイちゃんデリカシーが無いよね。脳みそまで筋肉で出来てるの?」
厳しい祈の意見にレイトはもっともだと思い萎縮する。すると何故か祈は席を立ち、力強く右の拳を握った。
「でも妹が幸せ見届け人とか最高なので良しとする!私、レイちゃんと結婚します!!」
大きな声で祈がプロポーズを受け入れたので、喫茶店にいた人達から温かい拍手が湧き上がった。祈は調子よく手を振りながら拍手に応えて席に着くと、とびきりの笑顔を浮かべてレイト笑い掛けた。
「お姉ちゃんおめでとう!」
命は自分の事のように喜んで祈に抱きつき結婚を祝福した。
そしてめでたいからと喫茶店の店長からケーキをお祝いにご馳走してもらってから、レイトと祈そして命は店を出た。空はまだ青く夕暮れにはまだ時間があった。
「さてと、家に帰らなきゃね。勿論レイちゃんも来るわよね?」
暗に両親に結婚の挨拶をしに来いという祈にレイトは緊張した面持ちになる。
「日を改めてじゃ、駄目だよな……」
「そうよ、善は急げ。行きましょう!」
祈に急かされてレイトは命と三人で獣道を通って水鏡族の村にある姉妹の家を目指した。
姉妹の自宅に辿り着くと、隣の診療所から熊のような大男が出てきた。
「りーちゃん!ちーちゃん!」
大男は小動物の様に体を震わせると、姉妹達に駆け寄った。
「ただいまお父さん、心配かけてごめんねー!」
祈の口ぶりからしてこの大男が姉妹の父親らしい。レイトは急に緊張してきて、娘に手を出したことを知られたらどうなるやらと額に脂汗を滲ませた。
「こちらの青年は?」
「彼はレイちゃん、私のお婿さんになる人よ!」
「りーちゃんの……お、お婿さん⁉︎」
突然結婚相手を紹介した長女に父親はショックで涙目になり、天を仰いだ。レイトは何と挨拶すればいいのか必死に考えながら緊張した面持ちで口を開いた。
「初めましてお義父さん、祈さんを俺にください!」
一世一代のレイトの申し出に祈の父親は娘との楽しい思い出が走馬灯のように駆け巡った後に意識を失った為大騒動となった。