18精霊祭と友情9
「命ちゃん!うちの子が大変申し訳ありませんでした!」
頭を机にぶつけてしまいそうな勢いでトキオは頭を下げた。模擬挙式が終わりひと段落した命はトキオとトキワの三人で喫茶店にいた。
「お詫びと言っちゃなんだが、好きなもの食べてね」
「そうですね。遠慮なくいただきます」
命はやけ食いせずにはいられず、ウエイトレスにパンケーキとチョコレートパフェをトキオはコーヒー、トキワはスパゲティを注文する。
「いやーそれにしても本当は離婚式をする予定だったとは驚きだよ」
「最初は模擬結婚式だったんですけど、花嫁が体調崩しちゃって代理に私が指名されまして。で、結婚式は嫌だから離婚式にする事にしたんですが……どっかの誰かにぶち壊されました」
隣で眩しい位の笑顔を浮かべ、こちらを見つめる最上機嫌のトキワを睨んで命はため息をついた。
あのまま上手くいけば誓いの言葉は花婿と花嫁は「誓いません」と続き、水晶は離婚の際行う融合別離という形にして二人別々に退場するという流れだった。
「ちーちゃん本当にきれいだったよ。こんなちーちゃんと結婚出来て幸せだなー新婚旅行はどこに行く?ちーちゃんとならどこに行っても楽しいだろうなー」
「おたくの息子さん夢と現実の区別が付かなくなってますよ」
「あはははは…可愛いでしょ?」
親バカをかますトキオに命はまた一つため息をつく。
「それでもまあ、トキワお前随分と大胆な事したな」
「……桜先生から恋には駆け引きが重要だ。押してばかりじゃ相手は逃げていくから距離を置く事も大事って言われたんだけど、ちーちゃんが他の男と並んで歩いていて、ましてや嘘でも結婚なんて耐えられなかったんだ」
確かに桜はトキワに距離を取るよう伝えると言って実行してくれたようだ。しかし一定の効果はあったが、結局後押ししてるだけじゃないかと命は嘆く。
しばらくして注文した料理が届く。甘い物が好きな命は少し機嫌が良くなった。トキオに礼を言ってから、まずはパンケーキを口にする。ふわふわでメイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキに命の心のささくれが取れる。
「ちーちゃんおいしい?」
「うん、美味しいよ。食べる?」
「うん!」
「はーい」
一口サイズに切り分けたパンケーキをトキワの口に運んであげた。
「本当だ!おいしいね!ちーちゃん!」
嬉しさのあまり間接キスだねと叫べばまた逃げられる。距離を取るのはそういう事だと学んだトキワはパンケーキの感想だけ述べ、甘い物を楽しむ可愛い命を堪能した。
食事を終えて後片付けが残っているからと命はトキオとトキワと別れると、まずは南の様子を確認しようと医務室へ向かった。ノックをして入ると先客がいた。
「命お疲れ様!本当にありがとう」
「南、よかった目を覚ましたんだ」
すっかり顔色が良くなっている南に命は安堵する。
「本当に命には感謝しかないよ!ハヤトくんとも両思いになれたし……聞いたよ、ハヤトくんも命に恋愛相談してたって」
先客だったハヤトを見て南は幸福に満ちた表情をすれば、ハヤトも自然と微笑む。
「黙っててごめん、変にかき回したくなかったの。まあ、最終的にはバラしちゃったけどね。結果オーライだから許して」
己の失態に舌を出して命は戯けると、南もハヤトも声を出して笑う。
「晴れて二人が恋人同士になれて私嬉しいよ。これから仲良くね」
「命……!」
感極まった南は命に抱きついて泣き出した。命は優しく親友の背中を撫でる。
「そうだ、模擬挙式で使ったベール、命に貰って欲しいの」
急遽代役になった命だが、小柄で細身な南の体格に合わせた花嫁衣装が入るわけがなかったので、民族衣装のままベールだけを拝借して模擬挙式に臨んだのだった。
「もらえないよー、今度は南が本番で使わなきゃ!」
模擬挙式で使われた花嫁衣装一式は花嫁役に託されて、その後実際の結婚式でそのままかリメイクして使われる事が、多い為命は辞退する。
「命だって必要でしょ?素敵な彼がいるんだから!みんな言ってたよ、すっごい美少年が命と模擬挙式したって!あーあ、私も見たかったな。命のお婿さん!」
命のいぬ間にトキワのことをハヤトをはじめとする他の同級生から聞いたらしい南は興味津々だ。
「いや、それは誤解で……」
「今度紹介してね!」
「うーん、気が向いたらね。じゃあ私、後片付けがあるから行くね」
おざなりな変事をしてから命は医務室を出た。自分が撒いた種とはいえ、どんどん地盤を固められている事に命は戸惑いしかなかった。自分の意思で誰かを好きになりたかった。流されやすい性格だという自覚があるからこそこれだけは譲れなかった。
もういい、忘れよう。
今日は楽しかった。命は自分の無駄なプライドやポリシーは端に置いといて、今日が楽しくって思い出に残ったという良い所だけを切り取ると、模擬挙式の後片付けに向かった。