174キミじゃなきゃ10
ペンダントのリフォームだけでなく結婚指輪まで購入となり、店に長時間滞在した結果、命とトキワが店を出ると昼時を過ぎていた。二人とも空腹だったので近くの食堂に入り、食欲を満たすためにいつもより多目に注文して、料理を平らげた。
腹ごなしとお金欲しさに命はギルドで依頼を受けようと提案するが、またもトキワにデートだからと却下された。
仕方ないので二人で海水浴場を散歩することにした。海開きまであともう少し。今年こそ二人きりで行きたいと張り切るトキワだが、若い女なら夏の太陽と水着の効果でナンパされると学んだ命はまたナンパされて二の腕を揉まれたくないと難色を示した。
一通り歩いて石段で肩を並べて座りぼんやりしているうちに、空は夕焼け空になって海に溶け込んでいった。
「そろそろ帰らないとね」
命は立ち上がり服に付いた砂を払い落としてから帰ろうとトキワに手を差し伸べた。
「いや、今日はここに泊まろう。たまにはお泊まりデートもいいよね」
トキワは命の手を取ると、予定外の提案をする。
「無理。着替え無いし、無断外泊はお母さん達が心配するから」
調子に乗るなと言わんばかりに命は抑揚のない声で拒否すると手を振り払った。
「着替えは今から買いに行けばいいし、外泊についても今日泊まるかもって光さんに伝えてあるよ」
「は?いつの間に!?」
朝トキワが命を迎えに来て家の中で待っている時、光と何やら話しているとは思っていたが、まさかそんな話をしているなんて命は信じられなかった。
「お母さんったらなんで許可したの?私嫁入り前なのよ」
「祈さんがしょっちゅう無断外泊してたから、事前に言うだけマシなんだって」
光とは気まずい空気が流れていたが、今回の事態が落ち着いてから、命がいない時を見計らってトキワは光に噂の件について謝って、命との結婚したい気持ちは何がなんでも揺るがないし、守り続けたいと頭を下げて改めて関係を認めて貰っていた。
「あー確かにお姉ちゃんいっつも無断外泊して怒られてたな」
祈は学校を卒業してからは本格的に冒険者をしていて、遠距離の依頼を突然こなすので無断外泊は日常茶飯事で、よく父親が泣いていたのを命は思い出した。だからこそレイトが婿になってから無断外泊が無くなり、両親共にホッとしたらしい。
「じゃあ早速着替え買いに行こう!俺は準備してるからちーちゃんの。まだ開いてるかな?」
「何勝手に決定してるの?ていうか泊まるにしてもいきなりじゃ部屋が空いてないよ」
「そんな事前に取ってあるに決まってるでしょ?さて、ちーちゃんの着替え買いに行こう!何処にあるの?選んであげようか?」
トキワの策士ぶりに命は恐怖と不満を感じつつも、諦めて着替えを買いに行った。トキワは命の下着を選ぶ気満々だったが、他の女性客の迷惑になるからと店には入れず、命はワゴンセールになっている下着から運良くサイズが合う物を見つけだして購入してから、そそくさと店を出た。
「何色にしたの?」
「教えるわけないでしょう!」
すっかり不機嫌な命にめげずトキワは彼女の手を取り宿泊先へ歩き出した。今日泊まるのはビーチサイドのホテルで海開き前というのもあり、部屋に空きがあったらしい。
なおトキワは飲み物を買いに行くついでに予約したと堂々と犯行を自白した。
更に予約した部屋はダブルだったため、命は泣きそうな顔をした。
「そんなに嫌がられると流石に傷付くんだけど」
部屋に着いて外套を脱いで一息ついたトキワは複雑そうな表情を浮かべる。
「うるさい!サプライズを喜ぶと思ったら大間違いなんだからね!泊まるなら事前に知っておきたかった。こっちにも色々と準備があるんだからね!」
「……すみませんでした」
不満をぶつける命にトキワも流石に反省して、床に正座をすると手をついて頭を下げた。
「今日の所は許してもらえませんか?」
許しを乞うトキワに命は近くにあった椅子に座り脚を組むと冷たい視線を向ける。
「今日と明日はもう一切イチャイチャしない。これで手を打ちましょう」
無慈悲な命の宣告にトキワは落胆の表情を浮かべて絶望した。これを受け入れないと一緒に泊まってくれないと分かっていても、受け入れることが出来ず身体を震わせていた。
「だったら、今からもう一部屋空いてるか確認して別々の部屋で泊まろう!だからイチャイチャさせて!!お願いします!」
「空いてなかったらどうするの?」
「……その時はベランダで寝る!鍵を掛けて締め出していいから!だからどうかイチャイチャさせて下さい!」
余りにも必死なトキワに命は呆れを通り越して笑いが込み上げて吹き出してしまい、意地を張っているのがなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「仕方ないな……いいよ、一緒に寝てあげる。イチャイチャもしてあげる。但し次は無いからね」
「ありがとう!ちーちゃん大好き!」
トキワが感激で命の脚に抱きついてきたので、命は条件反射でつい蹴り飛ばしてしまった。
それでもトキワは嬉しそうに笑うので、彼の性癖は一体どこで歪んでしまったのか心配になってしまったのであった。