173キミじゃなきゃ9
それから二週間が経ってトキワの仕事もようやく落ち着き、命とトキワはは待望の港町でのデートを決行した。
乗り合い馬車だと乗客の注目を浴びてしまうので、命は戦闘しやすい格好をしているし、憂さ晴らしに獣道ルートで魔物を倒しながら進もうと提案したが、折角のデートなのに血生臭くなりたくないとトキワは却下して、久々に空を飛んで港町へ向かうこととなった。
トキワは命を横抱きして神経を集中させ、空へと浮かび上がりゆっくりと山を降った。
今回は以前の反省から自分と命の腰を丈夫な縄で繋いであるため、命も比較的リラックスして心地よい風と景色を楽しんでいた。
「思ったんだけど、この体勢以外で移動出来ないの?」
トキワは横抱きかおんぶを要求したが、彼の能力なら手を繋ぐ程度でも問題ない気がして、命はきいてみた。
「出来ないことは無いけど、こっちの方がちーちゃんをより感じられるから精神的に楽なんだよ。魔術って魔力も必要だけど、制御のほうが重要だからね。子供の頃は制御が下手くそだったから使い物にならなかったし 」
「そういえばそうだったね。あの時落ち葉を集めるだけでいいのに銀杏の木を丸坊主にして、ついでに風で私のスカートもめくったよね」
「あれはわざとじゃなかったからもう許して……」
過去の失敗をほじくり返されてトキワは気まずそうに許しを乞うと、命の頬に頬擦りする。
「はあ、今日という日をどれだけ待っていたことか…」
自業自得といえばそれまでだが、トキワは自らが起こした嵐で破壊された家などの修理で仕事に追われた。行く先々で村人たちに謝っても、自分たちが神子の心を乱したのが悪いと逆に謝られるのは精神的にしんどかった。
仕事終わりに命に会って慰めてもらってはいたが、それでも足りなかったので今日は気持ちを切り替える為にも命とふんだんにイチャイチャしようと心に決めていた。
港町に辿り着いてからまずは主な目的だったアクセサリーのリフォームを請け負っている店へと向かった。桜からの地図とメモを頼りに入った小さな店には所狭しとアクセサリーが並び、リフォーム・オーダーメイド承りますと壁に張り紙がしてあった。
「いらっしゃっいませー」
「あの、アクセサリーのリフォームをお願いしたいんですけど……」
接客をしていた女性店員に命が話しかけると、店員は優しい笑顔で承り、店の奥から職人を呼んで、別室へと案内された。職人は三十代半ばくらいの無表情でぶっきらぼうな印象の水鏡族の男性で、命が桜から紹介されたと言うとなるほどねと呟いた。
早速命は真っ二つに割れた銀の天然のペンダントを差し出した。
「あー、見事にパックリ割れちゃってるな。付与された魔力に石が耐えきれなくなったようだ」
「はい、彼女の旅のお守りに守護効果を石が溜め込める限界まで付与した物です」
トキワは自分が付与したと認め、職人に具体的にどんな条件を付与したか説明する。すると職人はよくこの石がここまで耐えられたものだと驚嘆した。
「えーと、今この石は相当脆くなっているから加工に時間がかかるし、もう魔力による効果は付与できない」
「うーん、それはちょっと心許ないな」
リフォーム後の石にも守護効果を付与するつもりだったトキワは唸り難色を示す。
「だったら新しく他の石を用意して、この石はアクセントにするのはどうだろうか?」
職人は鉛筆ですらすらとペンダントトップのデザインを描いた。中央に新しい石、丸く研磨する予定の天然石はサイドに添えてあるシンプルなデザインだった。
「わあ、素敵です!」
命にデザイン画が好感触だったので、トキワは即決してリフォームを依頼した。
「新しい石は何にする?一応うちにある在庫で良ければ直ぐに製作に取り掛かれるけど」
職人は工房の奥から加工されてない天然石を持ってきて見せてくれた。色とりどりに輝く天然石は見てて飽きず、命はしばし見惚れた。
「ああ、どれも綺麗で目移りしちゃう。でもお高いんでしょう?」
「そうだね、一番安いので割れた天然石と同じくらいかな」
「ひっ……」
この銀の天然石は命の記憶が正しければシルバーのチェーン付きで金貨一枚だった。それより高いとなると、命の給料の何か月分になってしまうのかと頭の中で想像して瞠目した。
「ぶ、分割払いは可能ですか?」
この天然石のペンダントは命にとって宝物だ。何がなんでもリフォームしたかったので、職人に分割払いの可否を尋ねた。
「最初に前金として半額を頂く形になるけど可能だよ」
とりあえず半額なら命の寂しい銀行口座にありそうだ。あとの支払いは生活費を除く給料と、休日にギルドで依頼を受けて稼げば払えないことは無いはずだと命は頭の中の算盤を弾き出した。
「さっきから面白い顔してるけど、俺が全額出すからお金の心配はしなくていいよ。好きなの選んで」
サラリと金銭の負担を申し出るトキワに命は貯金が出来ていない自分が情けなくなった。
「これは私個人の買い物だから自分で払う。払いたいの」
頑固な命が微笑ましいと思いつつ、トキワはどうやってこちらでプレゼントしようか考えを巡らせた。
「じゃあ俺にお金を借りる形で支払うのはどう?ちーちゃんは毎月決まった金額を俺に返せばいいから」
「えー、ちゃんとお金貰ってくれる?」
トキワの提案に命は魅力的な条件だと思いつつも、結局お金を貰ってくれないのでは無いかと危惧した。
「うん、毎月しっかり取り立てるからね。職人さんも分割払いされるより一括で払った方が助かりますよね」
「それはまあ、踏み倒される可能性が無くなるからね」
トキワは職人を味方につけて命を後押しした。確かに職人と良好な関係を築くことはリフォームするペンダントの出来にも響くかもしれない。そう言い訳して命はお金を借りる事を決意した。
「わかった。トキワ、お金を貸してください!必ず返します!」
こうして命は借金を背負うことになった。今後の返済のためにも気を引き締めなくてはと思いつつ。命はペンダントトップに使う石選びに力を入れた。
悩んだ挙句、命はトキワの水晶と同じ色のエメラルドに決めた。値段は目を背けたくたくなるくらい高額だったが、必ず借金を返すという気合のためにもいいかもしれないと自分を励ました。
職人が完成は三ヶ月後位だというので、またデートの理由が出来たとトキワはご満悦だった。
「ここってフルオーダーもしてるらしいけど、結婚指輪も作ってもらえますか?」
「まだ私に借金を負わすつもり!?」
トキワの新たな要望に命は思わず慄くので、トキワは吹き出して笑った。
「いやいやこれは俺が欲しくて買うものだから、ちーちゃんは出さなくていいよ」
職人もつられて笑いながら工房から指輪のデザイン案を持ってきた。
「結婚指輪やってるよ。港町ではポピュラーだけど、水鏡族はいらないんじゃないかな」
水鏡族は一般的な結婚式で行われる指輪の交換が水晶の融合分裂にあたるので、指輪を嵌めている夫婦はあまりいなかった。
「両親も着けてるからその影響で欲しいと思いまして」
言われてみればトキオと楓は結婚指輪をしている。確かにトキオは事務仕事だから邪魔にならないし、女性にモテそうだから指輪をしていた方が煩わしくないのかもしれない。
「私仕事の都合で指輪は出来ないよ?トキワもでしょ?」
「あ、こんな感じはどう?」
命の意見は無視してトキワは職人からデザイン案を受け取り、指輪選びに勤しんだ。
結局結婚指輪まで作ることとなり、短時間での高すぎる買い物に日々慎ましく生きている命は大量のエネルギーを消費したのであった。