171キミじゃなきゃ7
いよいよ決戦の時が来た。命は超絶美少女の香に張り合うべく精一杯のおめかしをして、手土産にパウンドケーキを焼いて料理上手をアピールする。
母には友達に会いに行くと伝えて家を出て、東の集落にある香の家を目指した。
割とトキワの家も近かったので、帰りに旭の顔を見に行こうと楽天的に考えつつ、歩みを進めること二時間、ようやく香の家の前へ着いた。
小さくて古い家だが、丁寧に管理されて花壇には花が咲いていたらしい跡がある。恐らく先日の嵐で吹き飛んだのだろう。見た所嫌がらせなどは受けていないようなので、命は安堵した。
長時間歩いた為汗で化粧が崩れていたので、慌てて直してから家の呼び鈴を鳴らせば、中から応答する声が聞こえて玄関のドアが開いた。
「どちら様ですか?」
応対した女性は香に似てとても美しかった。恐らく彼女の母親だろう。女性は目を丸くしつつ、命を不審そうに眺めていた。
「私、香さんの友人なんです。ちょっと近くに寄ったから顔が見たくなりまして」
「そうでしたか。香ちゃん喜ぶわ。どうぞ上がって行ってください」
命は出まかせを言ったが、香の母親は特に気にする様子も無く、命を家に上げてくれた。命は香の母親にパウンドケーキを渡してから、彼女の案内で香の部屋へと向かった。
「香ちゃん、お友達よ」
香の母親がノックをして、返事を聞かずにドアを開けたのを見て、命は自分の母親と同じだと場違いに笑いそうになる。
「……ありがとうママ。ちーちゃん来てくれてありがとう」
母親には例の件を黙っているのか、香は命を友達として笑顔で迎え入れた。母親がお茶を持って来ると言って部屋を出るなり、香は感情を剥き出しに命を睨みつけた。
「私を嘲笑いに来たのね!?」
母親の手前大声を出せない香は声を潜め非難して、いきなり命の頬を平手打ちした。打たれた頬は赤くなり、命は手で押さえた。
修羅場らしく命も打ち返そうか悩んだが、美少女の顔をぶつなんて命のポリシーが許さなかったので、止めておく。
「あなたのせいで計画が台無しよ!あのまま村人達を味方にして、あいつと結婚すれば私は風の神子になれたのに!」
初対面時の変な丁寧口調は作り物だったのか、香はごく普通の少女の話し方で今回の目的を語った。どうやら彼女は神子になりたかったらしい。
しかし魔力があと少し足り無かったので、トキワと結婚して魔力量を底上げして神子になるつもりだったようだ。
「……あなたは神子になるためにトキワと結婚したかったの?」
「そうよ!じゃなきゃあんなのと結婚するわけないじゃない!」
あんなのと結婚する予定なんですけど。命は思わず口にしそうになったが堪えて沈黙する。するとドアがノックされて香の母親が紅茶と命が作ったパウンドケーキを置いて、また部屋を出た。命は腫れた頬を見られないよう顔を背ける。
香はパウンドケーキを見ると、早速口にして一瞬目を輝かせたので、命は心の中でガッツポーズをした。
「ふん、私は子供の頃からあいつが大嫌いなの!チビで痩せで、勉強出来ないし魔術も下手くそで全然イケてなかった。なのに銀髪持ちで魔力が多いのに神子にならないとかマジ頭悪い!しかも男の癖に私より可愛くて周りにチヤホヤされて何様のつもりなの!?」
確かに命はトキワと出会ったのは彼が十歳の時だったが、あの時点でも髪が少し長かったのもあり、美少女と見間違えるような可愛さだった。しかし香だって幼い頃から絶対美少女だろうと命は想像した。
「更に突然仮想彼女を作って真面目な顔して彼女と結婚するとか気持ち悪いこと言い出して……最初はクラスのみんなドン引きだったけど、毎年卒業するまで言ってるからみんな慣れちゃってすっかり愛されキャラよ!でもまさか実在するとは思わなかったけどね。苺に聞いた時は耳を疑ったわ」
以前トキワの同級生から言われたことはどうやら事実のようだ。命は自分がきっかけでトキワが同級生達に親しみを持ってもらえたのなら、怪我の功名かもしれないと前向きに考えるしかなかった。
「トキワのことはさておき、香さんはどうして神子になりたいの?」
神子になると神殿から一歩も出られなくなる。それを嫌う風属性の水鏡族は多いのに、香は自ら入りたいというのも命は珍しく感じた。
「決まってるじゃないの!神子になってみんなにチヤホヤしてもらうのよ!去年の精霊降臨の儀、あなたも見たでしょう?みんな神子に夢中になっていたわ!私もあんな風に目立ちたいの!」
美少女でありながら香は目立たないことを気にしているようだ。とりあえず恋敵では無いことがわかったので、命はほっと胸を撫で下ろし、気持ちに余裕が出てきたので、彼女に少し踏み込む。
「ねえ、目立ちたいなら別に好きでもない相手と結婚して神子にならなくても出来るよ?あなたみたいな美少女なら外の世界でもっと輝けると思うの。何か好きなこととかないの?」
美少女と言われて悪い気がしなかった香は嬉しそうな顔をしたが、直ぐに不機嫌な顔をしてから考え込んだ。
「好きなこと……私三年前の精霊祭でクラスの演劇で主役をやったんだけど、あの時浴びた拍手は最高だった。だから演劇が好きだと思う」
香が言うにはその演劇は精霊達の恋物語で、香の演じるヒロインは運命の出会いを夢見る光の精霊役で、演技の他にソロで歌を歌ったり、ダンスを踊ったりしたらしい。
トキワは何をやったのか命は気になって訊いてみると、顔が良いから香の相手役の闇の精霊を推薦されたが、台詞を覚えたくないし芝居とはいえちーちゃん以外と恋人役なんて絶対嫌だと進んで大道具係になったそうだ。トキワが闇の精霊役を演じたら、絶対見惚れる自信があると想像した。
「だったら演劇を勉強してみたら?学園都市に行けば演劇学校や劇団もあるし、下宿先なら私が医療学校に通ってた頃お世話になっていたアンドレアナム伯爵を紹介するわ。学校以外の時間はメイドとして働くことになるけれど、衣食住は保障されるし、お給料も少しだけ出るよ。屋敷の人たちはとても良い人ばかりだし、水鏡族にも理解があるの。もし挑戦したくなったら教えて。アンドレアナム伯爵に手紙を書くから」
命の提案に香は一筋の希望を見つけたのかのように目を輝かせた。
「やりたい……私、演劇をやりたい!」
新たな夢を見つけた香はとても可愛くて美しかった。彼女ならきっと素敵な女優になれる。もしそうなったら命は彼女のファンになりそうな気がした。
「あの……命さん、今までごめんなさい。許してもらうつもりはないけれど、本当にごめんなさい」
先程の笑顔から一転、香はこれまでの行いを謝罪した。しおらしい姿も美少女可愛いと命は口元を緩めそうになるが、気を引き締めて真顔を保った。
「そんないいよ。気にしてないと言ったら嘘になるけど、今回の件でトキワとは何というか愛が深まったというか、ごめん惚気だよね忘れて」
自分で言っておきながら恥ずかしくなった命は香から目を逸らして紅茶を飲み干した。
「あと、じつはトキワはあなたが噂を流した張本人だと気付いていないの。もしバレたら香さんに何しでかすかわからないから、今度会う時はお互い初対面を装いましょう」
「でもあいつにも謝らないと……」
「私が代わりに伝えておくから。もし香さんの可愛い顔に傷でも出来たら私は悔やんでも悔やみきれないから!」
必死な命の説得に香は思わず吹き出すと、声を出して笑い出した。命も一緒に笑い、その後学生時代のトキワの話を交えながらも、香の将来についてじっくり話し合った。