169キミじゃなきゃ5
「随分と怖い顔をしてるな。戻らなくなるぞ」
そう言ってトキオがトキワの眉間のシワを指で伸ばすが、直ぐに元に戻る。あれから三日経つが、噂の張本人と思われる同級生は見つからず、トキワは焦る一方だった。
それに加えて外は強い風で大工の仕事も中止になっている。現在屋根が飛んだり、窓が割れたりと各方面で修理を依頼する声が続出してるが、悪天候から作業員の身を守るためにも作業は嵐が止んでからとなっている。
トキワが結界を張るから作業をしようと提案すると、親方に一度引き受けたらトキワが不在で結界を張れない時でも引き受けないといけなくなるからと却下された。
「ねえ父さん、役場から住人の名簿持って来てよ。犯人の家を突き止めたいんだ」
嵐の影響で役場も閉まっているので、自宅待機中の父にトキワはとんでもないお願いをした。
「流石にそんなことしたら父さんの首が飛んじゃうなー」
いくら親バカでもトキオもその辺は弁えている。勿論ダメ元で頼んだが、トキワは大きくため息を吐いた。
「しかしあんなに命ちゃんにゾッコンだったのに、同級生に乗り換えるとは見損なったぞ」
楓はトキワを煽るように件の噂を蒸し返すと、家の中まで風が吹き荒れた。
「二人とも止めて?旭が怪我するだろう」
トキオは慌てて旭を庇うように抱き上げ、喧嘩の仲裁をして風を止めてもらう。
「にーに」
険悪な空気を読めない幼い旭がトキワを呼び、にっこり笑い抱っこをせがんだ。仕方無しにトキワは妹を抱けば、険しい表情が少し和らぎ無表情になる。
「今回はお前の希薄な交友関係が仇となったな。もっと上手く付き合っていれば何処のどいつがお前の恋人に成り変わってるかわかったはずだ」
楓の言葉は尤もだった。トキワが唯一所在がわかる同級生は近所の商店に勤める苺だけだが、この嵐で店が閉まっている上、住処までは知らないので、会うことが出来なかった。
「あとは同級生は命ちゃんに接触した可能性はないか?大体こういうのは男の本命に宣戦布告するのが愛憎劇の様式美だ。かつて私もトキオさんを慕う女性達から彼は私のものよ!みたいにキャンキャン吠えられたものだ。勿論焼き払ってやったがな」
「それだ!」
懐かしそうに母が昔を語ると、トキワは血相を変えて旭を父に押し付けて家を飛び出した。
強い結界を張ってトキワは命の家を目指す。先日光から会う資格が無いと言われたのが気になるが、今思えば既に命は同級生と接触していたのかもしれない。
命の家にたどり着いたが、強風対策なのか窓には板が打ち付けてあって、様子を伺うことが出来なかった。しかし診療所は診察中だったので、命がいるかもしれないと思いトキワは診療所に入った。
「トキワくん、この嵐の中よく来れたな」
思わぬ来客に桜は目を丸くする。怪我人や急病人のために診療所を開けてはいるが、この嵐で誰も訪れなかった。
「結界を張って来たので。ちーちゃんは?」
「家にいるよ。でも会って欲しくない」
やはり桜も命の味方のようだ。予想はついていたのでトキワはもどかしさを覚えながらも、桜から解決の糸口を辿る。
「桜先生、ここに俺の同級生来なかった?」
「悪いな患者の個人情報は話せない」
それは肯定だと見做したトキワはどうやって桜から情報を引き出そうか考えるが、全く思いつかなかった。
「桜先生、湿布くださーい」
緊迫した空気の中、命が青い小花柄のショートパンツにキャミソールの部屋着姿という無防備な服装で診療所を訪れた。
「なんだそのだらしない格好は!」
「ごめんなさい。だって湿布を貼るつもりだったし、桜先生しかいないと思ってたんだもん。そしたらまさか、ね」
「ったく、待ってろ調合してくる」
「お願いしまーす」
桜が診察室に消えると、命は気まずそうに苦笑いしてトキワに手を振った。
「ちーちゃん、どうしたのその痣!?」
露出した命の腕と脚に痣があることに動揺したトキワは彼女の腕を掴んだ。
「寝ぼけて階段から落ちちゃっただけだよ。もう治りかけだから」
「顔も赤いけど。しかも熱い」
次にトキワは命の赤い頬に触れて、その熱さに驚き心配する。
「ちょっと熱が出ちゃって。今の時期って体調崩しやすいよね。でももう微熱だから。本当に心配症だなあ」
困った様に笑うと、命はトキワの頭を優しく撫でた。
「ちーちゃん、俺が同級生と結婚するっていう噂、信じてる?」
弱っている命を揺さぶるのは出来れば避けたかったが、一刻も早く噂の張本人を片付けたかったトキワは命に問いかけた。命は首を振ると、頼りない笑顔を浮かべた。
「私は……トキワを信じてるよ。ただ、噂の通り同じ風属性で、魔力が強くて小柄の美少女ちゃんと、私と正反対の子と結婚した方が世間からは祝福されると思うよ。それが水鏡族にとって最善で最高だと思う。だから私達……別れようよ」
熱にうなされながら数日間、命は自分の幸せのために大勢の同胞達を不安に陥れるのは良くないと思ったのだ。
以前風の神子が言っていたようにもし神子がいなくなれば、ちょっとした自然の異変だけで村人達は不安に感じて穏やかに過ごせなくなるかもしれない。
トキワは水鏡族にとって必要不可欠な存在なんだだから自分が独り占めしてはいけない。身を引くべきだというのが命の結論だった。
「絶対に嫌だ!別れない!ちーちゃんと別れるくらいなら死んだ方がマシだ!世間の、水鏡族の都合なんて知らない!邪魔する奴らは全部消えて無くなればいいんだ!」
トキワが怒りを露わにすると、同時に外の嵐は一層強まり、樹木が割けるような物音がしたので、命は短く悲鳴を上げた。恐らく近くで倒木が起きたのだろう。
そして命は彼の苦しそうな姿を目の当たりにして、水鏡族の平穏ばかり考えて自分の気持ちを押し殺した上に、自分が一番幸せにしたい人を傷つけたことを痛感してトキワに抱きついた。
「ごめん、ごめんなさい……私が馬鹿だった。トキワが誰よりも大切なのに、大好きなのにっ!」
「別れたくない。ちーちゃん、ずっと俺の側にいて」
トキワは決して離すまいと命を腕の中に収めて、彼女に愛を乞うた。
「私も、やっぱり別れられない。あの子に渡せない、負けたくないっ!トキワを……愛してるから」
顔を上げて命はトキワの目をじっと見つめて、潤んだ瞳を閉じて彼の唇にそっと口付けると、涙が頬を伝った。そして彼女の心の中に燃えるような闘志が芽生えたのであった。