168キミじゃなきゃ4
ようやく意識を取り戻した命が時計を見やれば、既にお昼前だったので驚いてしまった。
覚醒と共に頭が痛くて体全体が熱っぽく汗ばんで怠いし、喉の乾きを覚えたので、水を飲もうとベッドから起き上がった際、ふと姿見に視線を移すと、頭に包帯を巻いてあったので仰天してしまう。どうりで頭が痛いわけである。
「あっ」
満身創痍の体に鞭を打ち、自室から出て這いつくばるように階段を降りると、命は体のバランスを崩して一番下まで滑り落ちてしまった。
「いたた……」
打ち付けた身体をさすりながら台所を目指すが、意識が朦朧としてきて、途中で命は床の上で力尽きてしまった。
***
「おいおいマジかよ!」
お昼休憩に様子を見にきた桜の嘆き声に命は意識を取り戻し、顔だけ上げ、虚な瞳で桜を見た。
「水……」
「よかった生きてたか!水だな?すぐ用意する」
桜はそそくさと台所へ向かい、命の上体を起こして、ゆっくりと水を飲ませた。
「あー生き返った」
「全く心配かけさせやがって。熱の方は下がってないな。しばらく良くなるまで大人しく休んでろ。食事は義姉さんが病人食を作ってくれている。食欲はあるか?」
「無い。とにかく水が欲しい」
今固形物を食べたら全て嘔吐してしまう自信があった命は再び桜に水を要求する。
「それじゃ体が持たんだろう。ちょっと待ってろ」
桜は再び台所へ向かいしばらくすると、少し濁った液体を持ってきた。
「塩レモン水だ。脱水症状にもいいはずだ」
命は桜に支えられながら塩レモン水を口に含み、喉を鳴らした。酸味と塩味が乾いた身体に染み渡って、体が少し楽になった気がする。
「いやーまさか熱が出るとは、昨日の雨に降られたせいかな。今日はもう止んでるみたいだけど、すごい風だね」
先ほどから窓がガタガタと音を立てて揺れるくらい激しい風が吹いていることに命は気付く。
「ああ、診療所の立て看板も飛んで行きそうだったから中に入れた。こんなに強い風は私も経験したことがないかもしれない。診療所も改修前だったら、屋根が吹っ飛んでしまっていたかもな」
「ですね。それにしてもお母さんとみーちゃん大丈夫かな……」
見たところ光と実は家にいない様子なので、命は二人を心配する。
「桜先生も診療所に戻るんでしょ?目と鼻の先とはいえ気をつけてね」
「ああ、本当は閉めたい所だが、怪我人が来るかもしれないからな。だがお前は休んでろ。来ても足手まといだ」
怪我人が出るなら自分も力になりたいと真っ先に思うであろう命を桜は事前に拒む。
「わかりました。じゃあなる早で治します。とりあえずまた階段から落ちたくないから、枕とタオルケット取って来てもらっていいですか?」
「は?階段から落ちただと!?ちょっと診せろ」
階段から落ちたという発言に桜は慌てて命の身体を確認すると、身体中に痣が出来ていた。
「打身だけのようだな。確かにソファから落ちる方がマシか。待ってろ取ってくる」
桜は二階へと上がり、命の部屋から枕とタオルケット、そして着替えを持ってくると、脱衣所から濡れタオルを持って来て命の身体を拭いたあとに着替えを介助して、ソファに寝かせた。
「じゃあ私は一旦湿布を取りに診療所に戻る。大人しくしてろよ」
「はーい、気をつけてね」
ソファに横たわったまま命は桜に手を振り見送ると、目を閉じて眠りについた。そして次に目が覚めた時には向かい側のソファで実が座って心配そうに眺めていた。体にはいつの間にか湿布が貼られている。
「ちーちゃんおはよう。身体大丈夫?」
「おはよう……だいぶ楽になったと思うよ。ちょっと机の上の飲み物取って」
命は桜が作ってくれた塩レモン水を実に取ってもらうと、渇きを満たす為に一気に飲み干してから窓を見る。風は強さを増していて、真っ暗な闇の中でビュウビュウと大きな音を立てて家全体を揺らしていた。
「お母さんは?」
「いるよー。今ご飯作ってくれている」
言われてみればいい匂いがするなと思いつつ、命は台所を見れば、光がひょっこり顔を出して優しく笑ってくれた。
「今日は風が強かったから学校も途中で終わって、刀の稽古も無さそうだから真っ直ぐ帰って来たよ!大人も風の影響でお仕事が中止になって、託児所の子たちをみんな連れて帰ったからってお母さんも早く帰って来たんだよ」
「そうだったんだ。みーちゃんもお母さんも怪我なかった?帰って来るの大変だったでしょう?」
「うん、中々の大冒険だった!でも怪我は無いよ」
「そっか、よかった」
食欲が少し戻ったので命は光と実とで食卓を囲み、病人食を取った。そして二人から風が強くて大変だった話を聞いて、明日には止むといいねと話し合った。光も実もあの噂については命に気を遣ってか一切口にしない。
命は今は何も考えずに体調を整えるのが優先だと判断して、敢えて聞かないことにした。