167キミじゃなきゃ3
一方でトキワは親方達から遂に彼女と結婚かと聞かれ、肯定はしたものの話を聞いているうちに、命とは違う女性と噂になっていることに気づき、慌てて訂正して噂の出所を尋ねるが、どれも人から人への又聞きだという不確かな情報だった。
仕事を終えると、トキワは噂の出所として最も怪しいと思った神殿へ向かい、祖母である光の神子と面会した。
「まあトキワ、珍しいわね。どうしたの?一人?」
光の神子は嬉しそうに孫との面会を喜ぶが、険しい顔つきのトキワに思うことがあるのか真顔になる。
「俺の結婚の噂を流したのって誰?」
「ああ、あれね。一体誰なのかしらね」
自分には関係無いような口ぶりで光の神子は不思議そうに首を傾げた。
「あんな神殿にとって都合の良いような噂を流すのなんて神殿の人間に決まっている!ばあちゃんは俺がちーちゃん以外と結婚してもいいの!?」
脅すような口調でトキワが尋ねれば、光の神子は鼻で笑う。
「私はあなたが幸せなら誰と結婚しても構わないわよ。命さんだろうが、噂のお嬢さんだろうが、それこそ水鏡族じゃなくてもいいわ」
それは光の神子の本心だった。勿論トキワには引き続き風の神子代行、いずれは風の神子として務めを果たしてくれたら尚良いとは感じていた。
「でも確かに噂になっているお嬢さんと結婚してくれたら、私も嬉しいわ。だって風の神子同士で子供をたくさん生めば後継者不足が解消されるのですもの。魔力量が少ない命さんにはそれが務まらないかもしれないものね」
わざとトキワの神経を逆なでるように光の神子が含み笑いをして意見すると、室内なのにも関わらず周囲に風が発生した。
「だけどこれだけはハッキリさせておくわ。噂の出所は神殿じゃないわ。きっと噂のお嬢さんでしょう。あとは自分でどうにかしなさい。命さんに愛想を尽かされる前にね」
光の神子はそう言うと部屋から出て行った。心当たりが無かったトキワは壁を殴って怒りをぶつけると、そういえば同級生が相手という噂に引っかかりを感じて神殿を後にして、情報を得るために今度は去年卒業した学校へと向かった。
「おお、風の神子代行じゃないか!結婚するらしいなおめでとう!でもまさか年上のナースから同級生に乗り換えるとはなー……て、なんで人を殺してきたような顔をしてるんだ!?」
卒業以来の再会となる担任教師にもトキワの噂は耳に入っていたようだ。
「お久しぶりですね先生。その噂の出所ご存知無いですか?」
単刀直入に尋ねるトキワに教師は噂がデマだと気付き、記憶を辿って噂の出所を思い出した。
「うーん、朝の職員会議が始まる前にほぼ全員が言い出した事だからわかんねーな。そもそも相手も同級生としか聞いてないし。お前学生時代同級生に告られたりとか無いの?」
「十歳以降はちーちゃんとの仲がクラス公認だったから無い」
教師の言う通り少なくとも同級生だというのはわかるが、自分に好意を持っていた人物に心当たりは無かった。
「十歳からぞっこんだったのか。一途だな……となると、とりあえず同級生で且つ風属性の女子に的を絞ったらどうだ?何せ風の神子の夫婦誕生か!?ていう噂なんだからな」
トキワは噂の同級生の属性が風属性だとすっかり失念していて、教師のアイデアに膝を叩いた。
「で、誰?俺同級生の属性とかいちいち覚えてないんだけど」
「薄情な奴め。まあ俺も全員は覚えてないが。ちょっと待ってろ卒業生の名簿から探してやる」
教師は椅子から立ち上がり、卒業生の名簿がある資料室へと姿を消した。その間トキワが待っていると、職員室にいた教師達から祝福の言葉を頂いたが、結婚はいずれするが相手の情報がデマだと逐一伝えた。
「待たせたな。これが卒業生名簿だ」
トキワは名簿を教師からひったくり、風属性の女子を探す。
「和、篝、皐、香、円…五人か。何となく顔はわかる。先生、こいつら今どこにいるか知ってるー?」
「コラ!同級生をこいつ呼ばわりするな。そして居場所を突き止めてどうするつもりだ?」
物騒な予感しかしない教師は彼女達の身の安全のためにもこの件から手を引くべきなような気がした。
「噂の出所の人間を殺す。じゃなかった潰す」
「言い換えてもアウトだからー!そんな危険な思想な奴に居所を教えるわけないだろうが!」
教師はトキワに怒鳴りつけ、卒業生名簿を没収し鍵のついた引き出しに仕舞い込んだ。
「大体ね、お前がそんなことをしたら親御さんや年上のナースの彼女が悲しむよ?もっと穏便に解決しろ!ちゃんとナースの彼女には弁解したのか?してなかったら今頃修羅場になってるかも知れないぞ!」
ここまで噂が広がっているということは命の耳にも入っているはずだ。それに気付かなかったトキワは焦り、職員室を出て学校を後にすると、急ぎ命の家を目指した。
「ちーちゃん!!」
すっかり暗くなった命の家の呼び鈴を鳴らしてドアを開くのを待つ。しばらくするとドアガードをされた状態で光が応対した。
「トキワくん、大体のことはわかってるから、今日はもう帰って。今のあなたは命に会う資格が無い」
いつも穏やかな光からは想像できない位の鋭い視線と冷たい声で光はそう告げると、ドアを閉めて鍵をかけた。
取り返しのつかない事態になったとトキワは愕然としながらも、大人しく家に帰ることにした。そしてふつふつと湧き上がる憎しみを噂の張本人へと募らせるのであった。