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165キミじゃなきゃ1

 改修工事されてすっかり生まれ変わった診療所にて、今日も命は桜と診療に勤しんでいた。今日は雨のせいか患者は少なかったので、合間を見て箱に入ったままの書類などを棚に並べるといった整理をした。


「そういえば来週の休日、桜先生が教えたくれたお店にペンダントをリフォームしに行くんですよ」

「へえ、デートか?」

「うーん、トキワに服装を合わせて冒険者スタイルになるからデートって雰囲気じゃないかな」


 トキワの風の神子代行としての知名度は大精霊祭が終われば、熱りが冷めて忘れ去られるだろうと思いきや、精霊降臨の儀での反響が大きく、人気を表す銀貨の数も光の神子に次いで二番目に多かったことと、風の神子が体調を崩しがちになったことから、その後も風の神子の代行をする機会が増えて、益々人気者になっていた。


 日常生活には支障は無いが、知らない村人に声を掛けられる機会が増えて、トキワは煩わしさから移動時には魔術で気配を消して移動しているらしい。


 しかし流石にデートで気配を消されると命の心臓がいくらあっても足りないので、今回は外套姿でフードを目深に被って、お互い冒険者を装いデートすることとなった。


「でもまあ、ここ一年デートといえば家と家庭薬草園位しか一緒に行ってないし、いい気分転換になるんじゃないかな?」

「だといいな。楽しんでこい」


 患者もいないし少し早めにお昼休憩にしようかと話していた所で、診療所のドアがベルの音と共に開かれたので、命は応対に向かった。


 入ってきたのは齢十代後半位で腰まで伸ばした髪の毛は艶やかで、大きな丸い瞳に長くてカールされたまつ毛がとても可憐な小柄の美少女だった。命は見惚れつつも仕事を忘れず美少女に声を掛けた。


「こんにちは、診察ですか?こちらにご記入をお願いします」


 問診票を渡すと、美少女はスラスラと必要事項を記入してから、それを命に渡した。


「では他に患者もいないので早速診察室へどうぞ」


 命は診察室のドアを開けて美少女に入るよう促してから、自分も入って問診票を桜に手渡した。桜はそれを黙読して、患者である美少女に向き直った。


「こんにちは、えーと(かおり)さんはうちは初めてみたいだね。東の集落にお住まいなみたいだけど、あっちでは診てもらったのかな?」

「いいえ、近所だと話しづらい気がしてこちらに参りましたの」


 香の鈴のような美しい声と丁寧な言葉遣いに、命のテンションは上がる。自分とはまるで正反対の正統派の美少女を見たのは恐らく初めてだった。


「症状は胸の痛みと、あと魔力量を測定して欲しいか。脈絡が無いな。まあいいや。命、測定器出して」


 桜の指示で命はガラス戸付きの棚から魔力測定器を探してた。その間桜は香の胸に聴診器を当てて心音を聞いた。


「うーん、特に異常は無いけれど、どういった時に胸が痛む?」


 問いかけに対して香は白くて滑らかな頬をピンク色に染めた。


「幼馴染みの彼を想うと胸が痛いんですの」


 それって恋の病じゃないかと桜と命は顔を見合わせて苦笑する。しかし香の精神的な面も考慮して、からかわず話を聞く。


「そうでしたか。では魔力測定をしながら彼の話を少し聞いてもいいかな?」


 桜の指示に命は引っ張り出した魔力測定器を机に置いてから、香りに触れる様促す。


「はい、彼とは五歳の頃から十五歳で学校を卒業するまでずっと一緒でした。口数が少なかったけれど、とても綺麗な顔をした男の子でしたの。だけど彼は私をいつも気にかけてくれていましたの」


 香が測定器に触れて魔力を測ると、目盛りは九という高水準を叩き出した。可愛い上に魔力が高くて羨ましい。命は思わず口にしそうになるが無言で記録を取った。


「まあ、たった九しかない……でも彼と結婚したら問題ないわね」


 測定結果に香は瞳を揺らして嘆く。魔力量の数値が二しかない命としては嫌味にしか聞こえず、美少女相手だが心が荒んだ。


「彼は成長と共に強く逞しく成長して、私はそんな彼を見るといつも胸が痛みますの」

「はあ、じゃあ胸の痛みは病でなく恋心で胸がときめいて痛いのかと」


 ただの惚気だったのかと桜は呆れつつ診断を下す。香は診断に納得した様子は微笑む。


「よかったわ。病弱じゃ風の神子の妻は務まらないものね」

「風の神子の妻?」


 桜は香の言葉を思わず繰り返した。現在の風の神子は高齢でとても香の幼馴染みとは思えない。となると、彼女の言っている相手に命は嫌な予感がした。


「失礼しましたの。正確には風の神子代行の妻ですの。いずれは彼も風の神子の跡を継いで正式に神子になるから、つい代行を付けるのを忘れてましたの」


 香の爆弾発言に命は勿論のこと桜まで呆気に取られてしまった。


「か、風の神子代行というと、トキワ様のことかな?」


 桜が確信をついた質問をすると、香はバックに花が舞いそうな位の満面の笑みを浮かべた。


「ええ、そうですの。私も風属性ですので、彼と結婚して融合分裂をした暁には神子になれる程の魔力を得ることが出来るから、そうなれば夫婦で風の神子が出来ますの」


 幸せそうな表情で未来を語る香に対して、命は今絶望のどん底だった。嘘か真かはさておき、目の前の彼女は水鏡族が望むであろう理想のトキワの花嫁だった。美しくて可憐で魔力が高い。しかも同じ風属性で夫婦で風の神子になれば、村でも神殿でも盛り上がるだろう。


「だから彼に付き纏うのはもうやめて下さいね、ちーちゃん」


 誰もが可愛いと思ってしまうような笑顔で香は命に笑いかけて宣戦布告をすると、机の上に診察代を置いて診療所から出て行った。


「わーお、修羅場だ」

「あはは……」


 香が去った後、面白そうに桜が呟いたので、命もなんだか他人事のように思えて力なく笑った。




 

 

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