表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/300

163湯けむり温泉旅行10

 騒動の後命と桜は温泉旅館へ戻ると、従業員達から無事を喜んでもらえた。幸い旅館には被害が及ばなかったらしい。


 二人は旅館で過ごす最後の夜を楽しむとしたが、命は気丈に振る舞いながらも、時折浮かない表情を浮かべていた。桜は気付きながらも、深く追及出来ないないまま夜は明けた。


 そして翌日旅館をチェックアウトして、乗り合い馬車で駅まで移動して、汽車に乗り換え港町へと辿り着いてから、行きと同じ様に一泊し、翌朝乗り合い馬車で水鏡族の村に着いたのはちょうどお昼時だった。


「ちーちゃん!おかえりなさい!」


 昼休憩中で外で仕事仲間たちと弁当を食べていたトキワは命の姿が見えるなり目を輝かせ、駆け寄り抱き上げた後に彼女を強く抱きしめた。


「ただいま……ねえトキワ」

「なーに?」


 今にも消えてしまいそうな声で命はトキワの名前を呼ぶと彼の背中に手を回した、


「私を抱いて」

「…………はい!」


 思いにもよらない命の大胆過ぎる発言にトキワは思考がしばし停止したが、本能赴くままに快諾して、早速と言わんばかりに命を横抱きすると、彼女の家に駆け込もうとした。


「いやいやいやいや!早まるな!」


 桜はトキワの肩を強く叩き制止して、大きなため息を吐いた。

「ちーも何考えているんだよ。こりゃ隠しておけないよな」


 そう独り言を呟き、桜は改修工事の現場責任者であるヤマトの元へ歩み寄り、挨拶をしてお土産を手渡した。


「すみません、ちょっとトキワくんを借りていいですか?少し話があるので」

「いいですよ。もう作業も終了して、あとは掃除くらいなんで」


 ヤマトから了承を得た桜は命の分のトランクとお土産も持って命の家の方へと歩き出し、命をお姫様抱っこしているトキワを顎で使って呼んで一緒に家に入った。


 トキワは命を横抱きしたままソファに座るが、桜に話辛いと注意され、渋々命を下ろして隣に座らせた。桜は向かい側のソファに旅の疲れから身を任せる様に座る。


「トキワくんは魔王てどんなやつか知ってる?」

「っ!?」


 魔王という単語にトキワは過剰に反応して、命を見たことから桜は何か知っていると察した。


「まさかまたちーちゃんを狙って……」

「待って、またって何?私以前も狙われたことがあるの?」


 またという言葉に命は顔を青くさせて、トキワの腕を掴む。しばらく押し黙っていたが、意を決してトキワは口を開いた。


「ちーちゃんと水鏡族の村に帰る時、寝台列車に乗ったよね?」

「うん、あの時はミノタウロスが出現してトキワも討伐に参加して……その時勇者と知り合ったんだよね?」

「そう、それで勇者達はあの日魔王を追って寝台列車に乗っていた。ミノタウロス討伐後、勇者は同じ列車内に魔王がいると確信を持って探したんだけど取り逃して、三人の女性が被害に遭ってしまった」


 まさかあの時そんなことが起きていたとは全く気付かなかった命は驚愕しながらも、トキワの様子がおかしかったのを思い出す。てっきり勇者の勧誘にうんざりしていたと思っていたが、魔王まで絡んでいたとは思いにもよらなかった。


「ちーちゃんに居留守を使わせて留守番させたでしょ?多分あの時ノックしたのが魔王だと思われるんだ。確証は無いけどね」


 どうしてそんな大事なことを黙っていたんだと命は問い詰めたい気持ちもあったが、言われた所で不安になっていたと思い、当時のトキワの判断に感謝した。


「つまりトキワ君は魔王に会ったことは無いのかな?」

「そうですね。魔王撃退には参加しなかったので。その口ぶりからして二人は会ったんだ?今後のためにどんな奴か教えて」


 帰ってきた命を出迎えた時の優しい表情から打って変わって、トキワは険しい顔をして魔王の情報を要求した。桜は魔王は人間の容姿で庭師をしながら世界中を旅していて、偶然再会した若い女性達をターゲットにしていること、お互い運命を感じ合い、そしてそれが生娘で夫や恋人がいないことが条件になっていると説明した。


「え、でも勇者様は想いを寄せていた女の子を寝取られた恨みから魔王討伐を目指してるって……」

「それって勇者の片想いじゃないの?」

「ああ、なるほど。それだ」


 勇者が本気で魔王討伐を目指した理由をトキワが口にするとあの勇者が女性とまともに話が出来る訳がないと思い、命は指摘した。


「だけど、桜先生の話が本当ならちーちゃんには俺がいるし、ちーちゃんも魔王とは運命を感じていないから大丈夫じゃないの?」


 自分で楽観的な事を言いながらも、トキワの気持ちは落ち着かない。


「それが魔王様はやけにちーを気に入っていてな。彼氏と別れたら自分との運命を感じてくれとしつこく口説いてんだ。だから不安になってさっきみたいな行動に出たんだろう?」


 桜の言葉に命は今更自分がいかに破廉恥だったか自覚して、青くなってた顔を今度は赤くさせる。


「俺はするのは全然構わないけど。そんな理由でしてもちーちゃんが苦しいだけだよ?それに性的嗜好なんてある日突然変わるだれうから、必ずしもその魔王の条件が続くとは限らない」


 トキワは命に懇々と諭しなが彼女の頭を撫でてあげる。命の中で魔王の挙げた条件が呪縛となっていたようだ。


「しかしいくらちーちゃんがめっちゃ可愛いからって、何でここまで執着するかな?なんか心当たりないの?」

「そんな事言われても……私自身以前魔王と会ったことなんて覚えてなかったし」

「ちなみに何回偶然出会ったの?」

「魔王が言うにはアンドレアナム家でメイドをしていた時に魔王が庭師だったらしくて、何度かお茶の差し入れをして世間話したのと、寝台列車に乗る前に朝散歩した時に公園で偶然会ったのと、今回の旅行で会ったこと位しか分からない……つまり三回?」


 自信なさげに魔王と会った回数を申告する命にトキワは大きく首を振った。


「それ三回じゃない。俺だったら世間話をした回数もカウントするから実際はもっと会ってるんだと思う。町で見かけたのもカウントしてるかも。ていうか庭師か……クラークさんから聞いたちーちゃんを狙っていた男の一人だ。偽名かもしれないけど名前はケイオス、金髪碧眼で日焼けした男。まあまあ長身で美形……合ってる?」

 

 いつの間にクラークからそんな情報を得たのか。命は驚きながらも名前は知らなかったと伝えて、他の情報は肯定した。

 

「はあ、もどかしいけど、さっさと勇者様に魔王を倒してもらう以外どうしようもできないや。流石に俺じゃ魔王討伐は無理だ。今度会う時勇者様をギッチギチに締め上げて潰そう」


 何やら物騒な事を話すトキワに命はふと疑問を感じた。


「今度会うの?」

「うん、十二月だから半年後か。来るらしいよ勇者様ご一行」


 うんざりとした顔をしてトキワは勇者一行が水鏡族の村に訪問を告げると、命は波乱の予感しかしなかった。




 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ