161※残酷な描写あり湯けむり温泉旅行8
翌日は雨が降っていたので、命達は外には出掛けず温泉旅館の施設で時間を潰し、館内の図書コーナーで借りた本を部屋で読みながらだらだら過ごした後に大浴場を満喫した。
そして宿泊最終日は雨も止んだので、温泉街でお土産を買う事にした。
「家族の分と工事を請け負ってくれている工務店の分は私が買う。お前は誰に買うつもりだ?」
「えーと、トキワの所と南と樹でしょ、あとは光の神子と風の神子にも贈りたいけど受け取って貰えないよねえ……」
基本神子は関係者以外からの贈り物は禁じられている。命は部外者なので無理そうだと諦める。
「トキワ君に頼んで渡して貰えばいいじゃないか。神子も神殿から出られなくて退屈してるだろうから喜ぶよ」
桜の進言に命はその手があったかと思い笑顔を浮かべ、頷いた。二人はとりあえず家族の分を選んでから、それぞれ贈りたい相手の分を選ぶことにした。あまり買い過ぎると帰りが大変なので、小物にしようと思案しながらお土産屋をはしごした。
一通りお土産を買った二人は一旦旅館に戻り買った物を部屋に置くと、昼食を食べに再び温泉街へ戻った。
「ねえ桜先生、お昼食べたら次はお互いに贈り物をしませんか?」
「いいねえ、でも安いのでいいからな。お前は結婚資金を貯めないといけないんだからな」
「わかってますって」
マイホーム資金と結婚資金はトキワが既に準備していて、身一つで嫁に来いと言われてはいるが、命はそれでは申し訳ない気がしたので、少しでも貯金をしようと決めていた。桜にもそれは話していたので忠告してくれたようだ。
今日は焼きたてパンが売りのレストランで昼食を取った。近くで放牧されて育てられたという羊肉を使ったシチューがパンとよく合って絶品だと二人は絶賛して腹を満たすと、レストランを後にして買い物を再開する。
「そうだ!ここからは別行動にしてお互い何を贈るか秘密にしませんか?」
「面白そうだな。じゃあ一時間後、そこのカフェの前に集合してからそのままお茶としよう」
命の提案に桜は賛成してから、各々気になる店に入りお互いへの贈り物探しを始めた。命は何軒か店を見た後、織物を使った雑貨が並ぶ店で眼鏡ケースを見つけて、それを桜の贈り物にすることにした。
待ち合わせまでまだ時間があったので、他の店も見てみようと外に出たところで複数の悲鳴が聞こえてきた。声がした方から観光客はもちろん、店員までもが血相を変えて走ってきた。ただならぬ空気に命が警戒していると、中年男性が大声を出した。
「逃げろ!!サイクロプスだ!」
サイクロプスとは一つ目の巨人の姿をした魔物だ。大きな棍棒を片手に破壊の限りを尽くす上位種の魔物だ。ここ温泉観光地には魔物除けの結界が施されているが、上位種には残念ながら結界が効かないのだ。命は逃げる人々の中から桜を探したが、姿を捉えることができず、恐怖で体が震えたが拳をギュッと強く握り、人の波に逆らい桜を探しに行った。
「桜先生!どこ!?」
命は声を張り上げて桜を呼ぶが応答が無い。奥へ行くにつれてサイクロプスの頭が見えてくると、周囲の建物は見るも無残に破壊されていた。既に周囲に人はいないし、このままでは危険だと判断した命は逃げた先で桜を探そうと思い来た道を戻ろうとしたが、若い女性の悲鳴が聞こえて振り返った。
「助けてーっ!!」
女性は恐怖で腰を抜かしてしまったのか、這いつくばって必死に逃げようとしていた。
「大丈夫ですか?」
命は急ぎ女性に駆け寄ると肩を組んで一緒に逃げる。このままサイクロプスに見つからずに逃げ切れるだろうか、命は不安になりながらも必死に足を運んだ。
しかしサイクロプスは命と女性の姿に気がつくと、雄叫びと共に右手に持つ棍棒を大きく振りかざした。
命はとっさに女性を突き飛ばして回避させて自分も避ける。
このままでは共倒れだ。命は右耳のピアスの水晶から弓を作り出し、水で出来た矢をサイクロプスの顔に目掛けて射った。魔力の消費を抑えるためわざと威力を弱いものにしたが、サイクロプスがこちらをターゲットにするは充分だった。
命は人がいない方へとサイクロプスを誘導しながら移動する。彼女の記憶だと近くに大きな源泉池があったはずだ。温度は確か九十度程だと看板で見た気がしたので、それを浴びせたら怯むのではないかと予想した。
距離を取ってから動きやすいようにスカートを破いてから、再び走り源泉池へと辿り着くと、サイクロプスがこちらに来ているのを確認して次は威力の強い矢を放つ。矢はサイクロプスの喉元を貫通し苦しんでいるが、動きを止める決め手には至らなかった。
次に命はサイクロプスの目を狙った。これも見事に命中して視界を失ったサイクロプスは暴れ回り始めた。命はこっちだと言わんばかりに源泉池に飛び込むよう矢を放ち誘導する。
そしてサイクロプスは命の思惑通りに周りを囲む柵を突き破り源泉池に嵌り下半身の動きを封じ込めることに成功した。しかし腕はは自由が効くので、怒りに任せて棍棒を振り回すと周りの岩が破壊されて命の元へと落ちてきた。
「ちぃっー!」
このまま命は岩に押し潰されると思われたが、桜が命を庇う様に魔術で結界を張り更に彼女の武器である糸が蜘蛛の巣状に岩から守ってくれた。
「桜先生っ!」
「大馬鹿者がっ!大人しくしていろと言っただろうが!」
普段からは想像出来ないほどの怒鳴り声で命を叱責すると、桜は岩を跳ね返し息を荒げた。彼女もまた魔力量は決して多く無いので大きな負担となったのだ。
「ごめんなさい……」
「謝るのは後だ。逃げるぞ」
桜は命と安全な場所を目指そうとするが、サイクロプスの左拳が命を叩き潰そうとする。命は回避するが、今度は棍棒を持つ方の手が襲いかかってきた。
しかしその時、命から真空波が発動しサイクロプスの棍棒を持つ腕はザックリと切り落とされ、間一髪で命は回避した。流石のサイクロプスも雄叫びを上げて苦悶している。
「呪いのペンダント怖っ!」
桜は真空波の発生源と思われるペンダントに恐怖を感じながらも、命の手を取りサイクロプスから離れた。