160湯けむり温泉旅行7
回遊式庭園を満喫した命と桜はその後温泉街に戻り、昼食を取ってから焼き物や織物などといった小さなギャラリーを巡っているうちに夕方になったので、旅館に戻った。そして今日は昨日予定していた通り岩盤浴を楽しむ事にした。
「よかった、ペンダント外れた」
庭園にて庭師を攻撃して外れなくなってしまったペンダントはどうやら落ち着いたのか、脱衣所で確認すると止め具が現れて外れるようになっていた。これで岩盤浴や温泉に入れると命は安堵のため息を吐いた。
「よかったな。帰ってトキワくんに解いて貰うまでだったら不便だったしな」
「うん、それにしてもまさかムシ除けってこんな効果だとは思わなかった。流石に帰ったらトキワにやり過ぎだって注意しておく」
命と桜は水分補給をして岩盤浴専用のガウンを着てから、天然石のベッドにタオルを敷いて隣り合って横になった。
「あーじんわりあったかーい……」
桜は気持ち良さそうに声を出した。じわじわと温かい岩盤浴で二人はさらっとした汗をかいた。
「あの庭師、何か怪しかったな。以前からお前を狙っていたって何か心当たりあるか?」
「それが全くないの。アンドレアナム家でのことも庭師が薬草園の手入れをしている時に私がメイド長から差し入れをするよう頼まれてお茶とお菓子を持って行って、世間話程度に薬草の手入れについて質問しただけ。それが三回位かな?それと後はさっき思い出したけど、水鏡族の村に帰る途中宿泊した地方都市で早起きしたから一人で朝散歩した時に、公園の庭を手入れしてるのに遭遇して声を掛けられたの」
庭師との関係はそれ位でお互い名前も歳も知らないと命が説明すると、桜は唸り声を上げる。
「うーむ、そうなると意図的ではなくたまたま偶然会ったようにしか思えないな。だがやたら運命を連呼して誘導していたのが気にかかる。ちー、今後あいつにまた偶然出会っても運命だと絶対肯定するなよ。例え冗談でもだ」
「そんな心配し過ぎですよ。でもまあ、用心するに越したことは無いですね。気をつけます」
命は桜の忠告を受け入れると、自分が金髪の若い男が嫌いになったきっかけであるアンドレアナム家にいた時の事件について語り、桜はまさかそんなことがあったのかと驚嘆しながらも、あの時トキワが予定より早く到着して命を迎えに来てよかったと心から思った。
二泊目の夕食は刺身だった。村では絶対食べれない新鮮な魚料理に命と桜はテンションが上がり楽しんで食した。しかしこのまま食べてばかりだと旅行期間中だけで太ってしまうと危機感を覚えたので、食後は旅館内にある運動施設で汗を流してから二人仲良く部屋付きの露天風呂に肩を並べて入った。
「この露天風呂て普通カップルや夫婦とか、小さい子連れの親子で一緒に入るものじゃないのか?」
「えー、叔母と姪でもいいじゃないですか。家族なんだから!思い出ですよ。ほら乾杯しましょう?」
命は売店で買っておいたカップワインを開けて桜に渡すと、自分の分も開けた。
「じゃあ……何に乾杯するんだ?」
「秋桜診療所の素晴らしい未来に乾杯!」
命は音頭を取ると桜とカップワインを軽くぶつけ合って乾杯してワインをぐいっと飲んだ。
「はあ、美味しい!温泉に入りながら飲むお酒って最高なんですね!」
「まあな、だがお前は飲み過ぎるなよ。今日はそれで終わりだぞ」
ワインで気分が良くなっている命に桜は釘を刺すので、命は不満気に口を尖らせた。
「なんか同級生の結婚式でお酒飲んで記憶失くしてからみんなしつこい位に飲み過ぎるなって言うんですよね。私が何したっていうんですか?誰も教えてくれない!」
「知らない方が幸せだと思うが、そこまで言うなら風呂から出た後に教えてやろう」
桜は真実を話せば命が大声を上げかねないと判断して露天風呂では話さないことにした。命は納得していない様子だったが、真実を知ることが出来るならばと黙る。
そして風呂から上がった後、桜が語る命の失われた記憶に命は悲鳴を上げて、湯上がりと酔いでほんのり赤くなった顔を更に赤くさせるのであった。