16精霊祭と友情7
「トキワ、何か食べたいものはあるか?見たいものは?行きたいところは?」
デレデレになりながらトキオは息子のご機嫌取りをする。久々の親子二人の外出に浮き足立っているのだ。
「母さんの好きな激辛まんじゅうが売ってる…母さんも来ればよかったのに」
「仕方ないよ、楓さんは人混み大嫌いだから。激辛まんじゅうはお土産に買って帰ろう」
忘れないうちにとトキオは愛する妻への土産にと激辛まんじゅうを購入する。
「じゃあ去年は母さん頑張ったんだね」
去年の精霊祭はトキワの住む東の集落が主催だった。当日はトキオと楓は二人で炎の演舞を行なった。観客席から観たトキワはその力強い美しさと息がぴったりの両親に感動と憧れを覚えたのだった。
「そうだな。あの日の楓さんはまるで天女のようだったなー。でもそのせいでトキワはほったらかしになってしまったよな。ごめんな、その代わり今日は何でもわがまま聞いてやるからな」
惚気つつも謝罪するトキオにトキワは優しく微笑む。空腹だから食べたい物を食べるは勿論だが、彼には大きな目的があった。
「俺ね、模擬挙式を見に行きたい!ちーちゃんが頑張って花嫁さんの衣装作ったんだって!」
予想外のリクエストにトキオは驚きつつも理由を知って納得する。
「なるほどね、プログラムによるともうすぐ始まるみたいだから先に見てからご飯食べようね」
トキオは快諾してトキワと挙式会場へ向かう。模擬挙式は人気の催事なのか席はほぼ満席だった。辛うじて空いていた席に座り開始を待つ。
「なかなか本格的だね。へー、模擬挙式を挙げたカップルは九割の確率で実際に結婚するジンクスがあるんだって」
「九割てどういうこと?」
「十組中九組が結婚している…まあほぼ全員結婚したってことかな。よかったなトキワ、命ちゃんが花嫁じゃなくて」
ジンクスの意味を知ったトキワは恐ろしく真剣な表情で切実に頷いた。その姿が愛しくてトキオは破顔する。
「じゃあ今日の模擬挙式を見て将来俺とちーちゃんが結婚式する時の勉強しなきゃ」
もはや命と結婚する事が決定事項になっている息子に血は争えないとトキオが苦笑していると、会場が薄暗くなった。どうやら模擬挙式が始まるようだ。
「本日は模擬挙式へご参列頂きありがとうございます。挙式の前にお知らせがあります。本日、花嫁役が急病のため急遽代役が行い、挙式内容に変更があります。あらかじめご了承下さい」
不穏な変更点がアナウンスされ、トキオは妙な胸騒ぎを覚えた。トキワを見遣ると特に気にした様子はないので、この胸騒ぎが杞憂である様に願ったが、音楽が流れ新郎新婦が入場した事で打ち砕かれた。
「え……ちーちゃん?」
やはりというか流石というか、すぐ様気づいたトキワにトキオの心は修羅場だった。このままトキワを抱えて会場を去るべきか、口を押さえつけて騒がない様にさせるか、あれこれ対策を考えめぐらせたが、とりあえず大人しくしているので静観する。
一方で命の様子はというと、いざ模擬挙式となったら緊張で視線で人を殺しかねない位険しい顔つきをしていた。その横で花婿役のハヤトは命の様子が面白くて、必死に笑いを堪えていた。
模擬であろうがなかろうが、野郎は喜んでいるのに命が嫌がっている風に見えたのが腹立たしい。なにより命と結婚式を挙げるのは自分だ。観客なんかに収まりたくない。トキワは嫉妬と悔しさで自然と唇を噛み締めて、拳を強く握っていた。
「トキワ、あれはお芝居だからね?実際の結婚式じゃないからね?」
式に支障がない程度の小声でトキオは宥めるがさっき九割が実際に結婚すると聞いていたトキワには届かない。
花婿たちの他に同い年と思われる少年も壇上立ち、進行役を行うようだ。
「本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。ただ今より模擬挙式を行います」
「……父さん、今日は何でもわがまま聞いてくれるって言ったよね」
「え?まさか…トキワ!」
やはり会場を出ようと考えていた矢先に、席を立った我が子にトキオは焦りを覚えた。
「まずは誓いの言葉を。まずは花婿のハヤト、あなたは健やかなの時も病める時も花嫁の命を愛する事を誓いますか」
「はい、誓いま…「その結婚待ったー!」
誓いの言葉を遮る程の大きな声で叫んだのはトキワだった。急ぎトキオが押さえようと動くも、それより早くトキワは壇上に上がる。思わぬ闖入者に周囲は驚きどよめいた。