157湯けむり温泉旅行4
乗り合い馬車に乗って水鏡族の村を出た命と桜はその後港町で一泊した。そして翌朝汽車で温泉観光地の最寄駅まで移動して、そこから先はまた乗り合い馬車で現地へ向かう予定だ。
汽車の中で命と桜は朝食に買った弁当を食べながら雑談を楽しんでいた。
「ちーとこうして旅行するのは四年ぶりになるのか。義姉さんと三人で学園都市まで送った時だな」
「そうそう、楽しかったなー!お母さんと桜先生が学園都市や医療学校とかアンドレアナム家の話を沢山聞かせてくれて!」
二人が帰ってから大泣きしたのは内緒だけどと命は心の中で呟きながら当時を懐かしむ。
「でも桜先生と二人旅は初めてだよね。港町まではよく一緒に行くけど」
「そうだな。そもそも家族旅行自体あまり行かなかったからな。最後に泊まりで行ったのは……みーが赤ちゃんの頃だった気がするな。覚えているか?」
桜の問いに命は幼少に遠出した記憶を辿る。花火を見に行ったのは泊まりだったが港町だったし、実は三歳位で桜はいなかった。
「……あ、青いお花畑!桜先生に手を繋いでもらって見た」
「当たり。みんなで……兄さんと義姉さん、りーとちーとみー、そして私の六人で酪農観光地に行ったんだよ。辺り一面の真っ青な花畑は圧巻だったな。その後牧場に行って馬に乗ったり牛の乳搾りをしたり、ソフトクリームも食べたな。そしたらお前顔で食べちゃってクリーム塗れでみんなで大笑いしたんだぞ」
記憶に無い恥ずかしい思い出話をされて命はむず痒くなる。一方で桜は穏やかな表情で懐かしむ。
「あれから十数年経って家族の形も随分様変わりしたな…りーが結婚して婿殿が来て、ヒナが生まれて……兄さんが死んで、そして今年カイが生まれて……次はどうなるんだろうな」
桜は暗にトキワが家族に加わることをを言っているのだろうと命は察したが、敢えて変化球を投げる。
「イブキくんがお婿さんに来る」
命の予想に桜は肩を震わせて次第に笑い出した。
「ふはは!そっちが先かーい!いやあり得るかもしれないな!」
「三年後、みーちゃんが十六歳になって直ぐとかでね」
どちらかというと実の方がイブキにご執心なので、案外自分よりより先に結婚するかもしれないと命は思いつつも、そうなるとトキワがイブキに八つ当たりする姿が頭に浮かんだので、将来の義弟のためにも先に結婚せねばと決意した。
目的の駅に着いたので二人は汽車から降りて乗り合い馬車に乗り継いだ。
「うー、腰が痛い……」
長時間座りっぱなしだったので、桜は腰をさすっている。
「旅館に着いたら温泉に入って、その後マッサージしてあげるね」
温泉旅館までの道のりは二時間程だ。桜の腰に少しでも負担がかからないように命はタオルを丸めてクッション代わりにして桜に座らせると、降りた駅で買ったチョコスティックケーキをおやつに食べ始めた。
「トキワくんに悪いことしちゃったよな。ちーと温泉行きたかっただろうに」
昨日の事を思い出した桜はポツリとトキワへの罪悪感を口にした。
「桜先生が気にすること無いですよ。私が黙ってた方がいいと決めたんだから。トキワが過保護過ぎるのが悪いし、何より私は桜先生と二人っきりで温泉旅行を楽しみたかったの」
母の光と仲が悪いわけではないが、母親だからこそ話辛いこともあって、そういう悩みはいつも桜に話していた。命にとって桜は母であり、姉でありそして親友だった。
「トキワくんが過保護なのは認めるが、ちーが危なっかしいのも悪いぞ。今回の旅行も頼むから大人しくしててくれよ」
「そんな子供じゃあるまいし、ちゃんと大人しくしてますよ」
子供扱いされた命は不貞腐れて口を尖らせる
「そうじゃない。お前は自分を後回しにして人のことを優先する所があるから、自重しろと言っているんだ。全く変な所で兄さんと母さんに似てるからな」
命の父で桜の兄であるシュウは傷を負いながらも魔物と戦い、討伐した後は自分の手当てよりも他の負傷者の手当てを優先して亡くなった。そんな自己犠牲が強い所を命は受け継いでいると桜は常日頃感じていた。
「まあ、お父さんのことはよく言われるけど、母さんて私のおばあちゃんのこと?そもそもおじいちゃんとおばあちゃんてどんな人だったの?」
命の祖父母は彼女が生まれる前にはもう亡くなっていた。今は神殿内に写真館があるが、昔はなかったので祖父母の写真は無く、どんな人か分からなかったし、思えば聞いたこともなかった。
「お前のじいさんとばあさん、私の両親は二人とも医者でな。元々は父さんが神殿で、母が西の集落の診療所で勤めていたが、私が生まれた年に今の診療所を開業したんだ。兄さんの秋と私の桜から取って秋桜診療所て名前をつけたんだよ」
秋桜診療所という名前からシュウと桜から取ったのは多分そうだろうと思っていたが、つけたのが祖父母だったことは命は初めて知った。
「それでお前のばあさんは一言でいうと超お人好しでな、困っている人を見たら放っておけなくて手を差し伸べてしまう人だった。誰かさんみたいにな」
桜は一つ笑い、命の頬をツンとつついた。
「母が死んだのは私が十歳の頃、ある日集落の子供が迷子になったからみんなで探していた所を母が見つけたのだが、その時子供が魔物の群れに襲われたのをかばって亡くなったんだ。その後父は母を失ったショックで日に日に弱って病で亡くなった。で、父が亡くなって診療所は存続の危機になりそうだったけど、運良く兄さんが医療学校を卒業して医者になって村に帰ってきたから、なんとか今日まで続いている訳だ」
「全然知らなかった。桜先生も苦労したんですね」
「まあな。でも今は幸せだしいいんだよ。こうして可愛い姪と温泉旅行出来てるわけだし」
シュウや母のようにきっと命も誰かを助けて死ぬのだろうと桜は覚悟している。それでも今はこの時を楽しもうと思い、命の頭を撫でてから桜は優しく微笑むのだった。