153ニセモノ9
「まずは何から話そうかな」
トキワはおもむろに鞄から一冊のハードカバーノートを取り出した。命はそれに見覚えがあった。
「それって交換日記のノート?」
「そう、ちーちゃんが村を離れてから途中で終わってたから、残りのページに色々書いたんだ」
ページをめくりトキワは最初の議題を決める。
「これにしよ。ちーちゃんは結婚したら仕事はどうする?」
当初のトキワの計画だと命は家庭に入れるつもりだったが、レイトを皮切りに桜と祈から大反対を食らった。光は命が構わないならそれでいいという意見だった。なので先ずは命の意見を聞くことにした。
「……私は桜先生と仕事が続けたい。もちろんちゃんと家事と両立するように頑張る」
やはり命はナースを続けたいのかとトキワはわかっていたが少し残念にも感じた。
「それと……自分勝手かもしれないけど、出来たら私の給料の三分の二は実家に仕送りしたいの。今もそうしてるけど、姉妹で私だけ学費とか出してもらった恩返しと、最低でもみーちゃんが自立するまでの手助けがしたいの」
トキワにとって命の家の経済状況については完全に盲点だった。早くに父親を亡くしたのだから決して豊かな生活じゃ無いと気づかなかったのだ。
「いいよ。ただしその辺は光さんと十分に話し合ってね。こっちの生活費は俺が頑張るから。大工の仕事は日給だし天気に左右されちゃうけど、その辺は魔石作ったりギルドの依頼もこなすし……あと風の神子代行の仕事も不定期だけど、報酬が貰えるから足しになると思う」
大精霊祭で行った精霊降臨の儀では五十年に一度なだけあり莫大な報酬を貰った。これもマイホーム資金の大きな糧になったなとトキワは思い出した。
「ありがとう、なんか頼もしいね」
命に褒められてトキワはいい気分になりつつ、次の議題を選ぶ。
「次は……住居かな。予定では師匠の家の隣の空き地に建てようと思ったんだけど、断られた。とりあえず土地探しはこれから。西の集落なのは確定だけど」
トキワはずっとそのつもりでいたので、レイトから断られた時は肩透かしを食らってしまったが、もし隣に建てたら毎日邪魔しに行くとレイトに言われて未練は断ち切れた。
「西の集落でいいの?トキワのお父さんとお母さんが寂しく無いかな?」
「旭がいるから平気だよ。それに俺の仕事場も西の集落だし。だから条件としては診療所から徒十分位の、出来れば閑静な場所かな」
親の心子知らずとはまさにこのことだろう。トキオは勿論、楓もトキワがいくつになっても可愛いのにと命は思いつつ、結婚したら頑張って会いに行く機会を作ろうと心の中で決意した。
「結婚式については挙げる方向でいいよね?ちーちゃんの花嫁姿絶対見たいし」
「うん、私もトキワの花婿姿みたい」
トキワの花婿姿は絶対カッコいいに決まっていると命は想像するだけで気分が昂った。因みに式を挙げずに結婚する場合は自分達で融合分裂を行なって役場に届け出をするだけである。楽なのでそうするカップルも割といるのだ。
「あとは……」
トキワは言葉を詰まらせると、少し緊張した面持ちで命を見つめた。
「こないだ俺、ちーちゃんの意見を聞かないで子供はいらないって言ったでしょ?あの時はごめん……だけど理由を聞いてくれるかな?」
唯一意見が割れると思っていた子供についてトキワは切り出して来た。お互い納得しないと先に進めないと思い命は頷くと、トキワの言葉を待つ。
「一つは俺が精神的にガキだから、結婚したらちーちゃんを独り占めしたい気持ちが強いから。もう一つは去年母さんが旭を出産した時に難産で、産んだ後も意識不明になって生死を彷徨っていたのを見て、ちーちゃんにはそうなって欲しくないと思ったから……こんな理由言いながらきくのもずるいけど、ちーちゃんは子供欲しい?」
まさか楓がそんなことになっていたなんて知らなかったし、トキワなりに理由があったとわかって命は自分の気持ちも素直に伝えようと深呼吸をしてから、頭の中で言葉を探した。
「私は子供が欲しいと思っている。私自身子供が好きだし、結婚したい位大好きな人との……トキワとの間に子供が欲しい。生命に関わることが起きるかもしれない。それでも産みたい。出来れば産めるだけ……」
自分で言っておきながら命は照れ臭くなり、顔を熱くさせる。トキワはどう受け止めただろうかと様子を窺うと、トキワは両手で頭を抱えて俯いていた。
「ごめん、ちーちゃんの気持ちを聞いたら、俺も欲しくなってきた……けど、やっぱまだ覚悟が無い。まだちーちゃんを独り占めしたい気持ちが強くて、子供ごと愛せる自信が無いし、ちーちゃんを失うかもしれない恐怖に勝てない。本当にごめん……」
精一杯の返事に命は首を振り、席を立つと、トキワに寄り添った。
「まだ時間はあるんだし、お互い沢山話し合って納得の行く答えを見つけよう?」
トキワの子供はいらないという意見と産めるだけ産みたいという自分の考えはお互い極端だから、これからまだまだ話し合う必要があるだろうと命は思った。
「そうだ!だったら交換日記再開しない?書き残したら忘れないし、記録にもなるよ!」
命の提案にトキワは驚きつつも遠慮がちに微笑んだ。
「ちーちゃんがそう言うならしよう。これからたくさん二人の未来も書いていこうね」
まだ問題は残っているけれど、命は心がスッと軽くなって自然と笑みが溢れた。トキワも同じなようで、穏やかな表情をしていた。
こうして思わぬ形で交換日記は再開されて、ウエディングブーケの御利益があったのか、二人は結婚に向けて少し前進したのだった。