150ニセモノ6
「んまー!サキュバス倒してくれたの!ありがとー!」
ギルドに戻ったレイトとトキワの討伐報告に受付嬢は甲高い声で喜んだ。サキュバス討伐が困難なことについてはギルド内でも噂になっていたので、周囲の冒険者からどよめきが起こった。
「こいつが一人でやったから報酬は全部こいつにあげてくれ」
俺は何もしていないからとレイトが報酬を辞退すると、トキワは首を振った。
「確かに師匠はサキュバスを倒してないけどめんどくさい村人への説明をしてくれたから七:三でいいよ」
そこは折半じゃないのかよとレイトは苦笑しつつも、了承して書類にサインした。
「前から思っていたけど、トキワちゃんて守銭奴よねー!借金でもあるの?」
素朴な疑問をぶつける受付嬢にトキワは場違いに柔らかい笑顔を浮かべた。
「マイホーム資金を稼いでいたんです。あと結婚式の費用も。サキュバス退治の報酬でようやくマイホーム資金は目標達成です」
受付嬢は予想の斜め上を行くトキワの事情にぽかんと口を開けて驚いた。まだ少年と言ってもおかしくない年齢のトキワが結婚をするためにマイホーム資金を貯めていて、更に達成してしまうとは思いもしなかったのだ。
「ていうかトキワちゃん、彼女ちゃんがいたのねー!ちょっと意外。可愛い冒険者とか見ても無反応だから女の子とか全然興味無いと思ってたー」
多くの冒険者を見てきた受付嬢は人の機微に敏感だが、トキワが誰かに心を動かしている様子が無かったので恋人がいることに意外性を感じていた。
「それが残酷な事に俺の義妹なんだよ……祈の妹」
レイトが悲劇を語るように呻くので、受付嬢は目を丸くさせると次第にケタケタと笑い、声がギルド内に響き渡った。
ギルドから出ると日が暮れていたので、レイトとトキワは夕食を取るために行き付けの酒場へと入った。酒場の割に食事がリーズナブルなので、食べ盛りのトキワにはありがたい店だった。二人は依頼達成を祝して乾杯すると、レイトは葡萄酒、トキワはオレンジジュースを一気に飲み干して、店員のバニーガールにおかわりを頼んだ。
「はあ、今日の可愛いちーちゃんが見れなかったのは悲しいけど、ようやく結婚が見えてきた……」
トキワはあと少しで長年の夢が叶うと、フードの奥でうっとりとした表情を浮かべている。
「……お前、命ちゃんと結婚について話し合ってるのか?マイホーム資金を貯めてるとか言ってないだろう?」
真剣な目つきでレイトがトキワに問いかけると、トキワは少し考えて記憶を辿る。
「確かに結婚についてまだ具体的に話してないし、マイホーム資金についてもちーちゃん気にしいだから黙ってる」
あまり結婚を急かしてがっついて逃げられたく無いし、マイホーム資金を貯めてるとか言えば命が引いてしまう自覚がトキワにはあった。
「……結婚の話だけじゃ無いな。お前は命ちゃんのことを全然解っていないし、解ろうともしていない。いつも命ちゃんの優しさに甘えて求めて振り回してばかりで……それで結婚するとかバカなのか?」
「そんなことない。俺はちーちゃんを一番解ってる!可愛くて優しくて面倒見が良すぎて、損ばっかりしてて、お人好しな所とかちゃんと解ってる!」
反論するトキワにレイトは鼻で笑うと、バニーガールが持ってきた葡萄酒のお代わりを受け取り、また一気に飲み干して次はビールを二杯頼む。
「そんな事俺も知っているよ。家族ならみんな知っている。お前知ってるか?昔命ちゃんがお前のわがままで手紙や交換日記をしてやってたけど、それに時間を割いてたせいで自分の勉強時間が足りなくて、夜中遅くまで起きて勉強してたのを」
トキワは知らなかった。あの温かくて心地よい手紙や交換日記が命の生活の犠牲の元に書かれたものだとは。それなのに当時のトキワは返事が遅いと不満を漏らしていた。
「どうせ結婚してもお前は自分勝手に命ちゃんの意見も聞かずに仕事を辞めさせて、家に閉じ込めて猫可愛がりして自分だけ満足して暮らすんだろ?そんなの俺たちは許さないからな!命ちゃんはお前の人形なんかじゃない!」
レイトが口にした結婚生活は正にトキワが考えていた生活そのもので、結婚したら命には家庭に入ってもらって朝晩と家から優しく送り迎えをしてもらい、二人で家にいる時は四六時中愛し合って暮らす……理想の結婚生活だった。
注文していた食事が来たのにも関わらず、トキワは動揺で口に出来なかった。一方でレイトは串焼きをかじってビールで流し込む。
「このままだとお前がフラれるのも時間の問題だ。こないだお前が子供はいらないって言った時の命ちゃんの顔見たか?すごく傷ついていたぞ。あの子が子供好きなのは知っている癖によくあんなことを言えたよな。おかげでお前の顔をぶん殴りたくなった」
あの日レイトが手合わせで武器を使わず素手で殴り合いを提案して、やたら顔を狙ってきたのはそんな理由だったのかと思いつつ、トキワはその時の命の顔を思い出そうとしたが、俯いていてカイリの顔を見てるのかと嫉妬したことしか思い出せなかった。
「……子供がいらないのは、ちーちゃんに俺だけを見ていて欲しいのもあるけど、去年母さんが旭を産むとき難産で丸二日かかって産んだ後にしばらく意識不明になっちゃって……それで、そんな死にそうな、もしかしたら死んでしまうくらいな目に遭うくらいなら、ちーちゃんには子供を産んでもらいたくないと思った」
普段は悪態を吐き合っている仲とはいえ、生死を彷徨う母の姿に当時のトキワは大きなショックを受けていた。
「それ、命ちゃんに話したか?」
「ううん」
「そういうとこだぞ!話せよ!人間想ってるだけじゃ伝わらないからな?このままじゃどんどん気持ちがすれ違うぞ!イチャイチャする暇があったら話し合え!わかったな!」
テーブルをガンガン叩いてレイトは叱責して残りのビールを飲み干すと、突然倒れ込みいびきをかいて眠ってしまった。
「………」
レイトが酒を飲みすぎると突然眠るのはいつものことなので、トキワはレイトを店の端に移動させて放置すると、冷めてしまった料理を食べて栄養補給した。
そしてレイトが爆睡しているので村に帰るのは難しいと判断し、近くで宿を取りレイトをベッドに転がすと、トキワはシャワーを浴びてからレイトの隣のベッドに寝転がり、今まで命からどんな話を聞いたかゆっくり思い出しつつ、眠りについた。